「エビスヤ昼夜食堂」のたそがれ

北九州の黒崎駅前にある24時間営業の「エビスヤ昼夜食堂」はただの昭和の食堂ではない。


割烹着姿のばさまがよろけながら生姜焼き定食を運ぶようなそんなやわな食堂ではない。


カウンターのみの20席ほどの定食屋だけど、7人のおばちゃんのみのチームがお揃いの制服とベレー帽かぶって組織的連携プレーをしている、緊張感のある異次元の定食屋だ。

注文をうけるおばちゃん、焼きそば野菜炒め担当のおばちゃん、揚げ物担当、刺身系担当、キャベツのざく切り担当それぞれの持ち場で注文を素早くこなしていくのはさながらバレーボールのチームのようだ。


前衛2人はカウンター越しに注文を受ける、サイドではトスを上げずにキスを揚げている。バックでは新入りに焼きを入れずに塩サバを焼いている。2トップ、ミッドフィルダー3人、バックス2の布陣を敷いている。さすがに2トップは客のあしらいがうまく、バックスは流し台で客に背中をむけて食器をかたずけている。ミッドフィルダーは注文によって左右入れ替わりながらボールを回している。


わしらの年代(63歳)の女子は「おばあちゃんらしくなったおばちゃん」と「おばあちゃんには見えないおばさん」にはっきり分かれる。この食堂はその神様が下した分かれ道の審判のサンプルとなっている。ひとたびレールが敷かれるとそのまま鹿児島本線を走り続けるか日豊本線を走ることなるか決まってしまう。なにしろカウンターがコの字型になっていて、7人のおばちゃんをいやがおうにも好むと好まざるにかかわらずじろじろ眺めながら飲み食いすることになり、勢い「あなたはどのタイプ?」とおばちゃんを悪いこととは知りつつ品定めしてしまうのだった。

そして、ばさまふうだけどもしかして同い年くらいかもしれないとはっとすることがある。同級生にそっくりの人がいたからだ。この年代は「お姉さん」と呼ばないと振り向かない時があつから注意が必要だ。


ここには、本来だったら一緒になるはずのないタイプの客がやってきてカウンターに隣り合わせで飲んだら食べたりしている。

定食だけ食べてさっさと帰っていく客、食べ盛りの学生、作業服の工員さんたち、一杯引っ掛けにくるご常連のご隠居さん、会社帰りのサラリーマンたち。

そんなんに混じって、昔は大暴れしたようなその筋のおじいさん、飲み屋のママと若いあんちゃん、北九州ならではのいろんな人たちがやってくる。

その日その時の時間によって、そして客筋によってある時は「食堂」となり、またある時は「居酒屋」になり、「スナック」になるときも、「フィリピンパブ」になるときもある変幻自在の食堂だ。


客がその筋の人であろうとなかろうと、背中に唐獅子牡丹があろうがなかろうがご常連のさんだからかおばちゃんたちも冗談かましてごく当たり前に料理を出して熱かんを運んでくる。

なんでもありの北九州のお客さんをまるごと飲み込んでしまうふところの深い、度量の広か居酒屋食堂だ。


何しろ安い。そして品数の豊富さ。それに安心して調子こいてあれやこれや頼んでしまうとそこそこの値段になってしまい、店の安心戦略にまんまとはまってしまうことになる。

ホワイトボードのその日のおすすめの鯨の刺身があったり、地元の名産ヤリイカ、コウイカの天ぷらなどがあったりでそれがありえない値段でいただける。


先だってはスナックのママが男みたいになってしまっただみ声で若いツバメを口説いていた。「口説ける食堂」なんてそう滅多にあるわけではない。その筋の方は糖尿病とかだそうだが、しみじみ全盛期を思い出しながら酒をくらっていた。

タバコの煙でもうもう、だみ声、その筋のおやっさん、年金生活のご隠居、買い物帰りの主婦、フィリピンの若い子たちが渾然一体となった食堂に北九州の奥深さを見るのであった。


この奥深さに後輩がはまってしまい、仕事帰りの途中下車はもちろん、休日古賀からわざわざこの食堂にやってくる始末。

欠点はおばさんチームにみられる、おしゃべりで、ちょっと手がすくと誰かの心ないちょっとしたひとことをきっかけにおしゃべりがはじまり、料理しながらだから声も大きくなり客に丸聞こえの連鎖反応を起こす。

とくにリーダー格の前衛のキリッとした美人のおばちゃんがいないときは、緊張感がゆるみ客のことをそっちのけで暴走することがある。

よく見るとおばさんたちにも上下関係の序列があるようで、必ずしも年齢順ではないことがわかる。

この店で何年飯食っているかもあろうし、わけありのなおばさんもおられることだろう。気が強い九州の女がおたがい値踏みしてなんぼのもんかわかるのだろう。


そのリーダー格とは馴染みなものだから、いつかこのおしゃべり大会をチクってやろうと思っているが、言えない。

おばさんに混じって若い健康的な娘がコロッケ担当として入ってきたし、暖かく見守ろうと思った。

「無法松は地元八幡の酒で銘酒とはいいがたいがさかさまになって頑張っている。杜氏がかわり混乱していた時期もあったようだがこれもあたたかく見守りたい。

2019.9.27

 

作成者: user

還暦を迎えてますます円熟味を増す、気ままわがまま、ききわけのないおやじ

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