
三鷹で友人と会う。
早めにって三鷹の街を散策しよう。
これまで三鷹には仕事で何度も降りているのだが、北口ばかりで南口ははじめて。
むろん太宰と三鷹のことは語るまでもない。
あれは20歳の時、横浜六角橋の小さな書店で「家庭の幸福」という短編を立ち読みした。
体中に電気が走った。感電して、しばらく立ったまま呆然としていた。
その後ありったけの著作を集め、全集を2種類そろえた。
全集はいずれも昭和54年版でもちろんもう手に入れることはできないかもしれない。
今に至るまでに何度も引っ越しをしたが、あのころ過ごした自分を知っているこの全集を処分することなど考えたこともなかった。
3階の書庫で静かに私を見下ろしている。俗物になった今の自分を見下しているのかもしれない。
雷に打たれるような作家との出会いがあったことをうれしく思う。
私は太宰との出会いのなかで生まれた。
南口に降りて太宰めぐり、聖地巡礼することなどこれっぽちも考えたことがなかった。
玉川上水の入水の、禅林寺の墓参り、行きつけだった寿司屋、そんなものに何の意味があろう。
わたしは「作品がすべて」と思っている。
ただ、今回せめて「文学サロン」くらい覗いてみようといってみた。
三鷹の住宅地はこれこそ閑静な低層階の住宅街で物音ひとつしない。
目障りなマンションも見当たらない。

三鷹と吉祥寺の間にある「ジブリの森」まで玉川上水に沿って歩いてみた。
あいにく、当日券などあるわけもなくネットで予約した人だけが並んでいる。
なめてました。

およそ9割が外国人。
三鷹在住の友人にこの様子を話したら、「三鷹市民枠」というのがあって予約してあげたのに、と笑われた。
このサロンは公益社団法人が運営している。

入館と同時にボランティアのガイドさんにつかまる。
静かに座って作品を読んでいる年配の人がふたり。
わたしも静かに座ってあれこれ目を通したかったが、ガイドさんはそれを許してくれなかった。
「書簡集」の話をしたのがいけなかった。
長崎街道の木屋瀬宿にある太宰の親友であった「伊馬春部」の生家のこと、彼と交わした書簡、作品のひとつひとつのこと、「黄金風景」を執筆したのは三鷹の家だったのか、それとも甲府だったのか、ありとあらゆることを話したら、立ったまま1時間がすぎていた。この質問にガイドさんはすぐさま調べてくれて、三鷹に移り住む4か月前の上梓だから甲府ですと、
このやりとりは「沼」にはまった人たちが会うとこうなるという見本だった。


筑摩書房の全集などは太宰の娘さんなどから寄贈してもらったもの。
ガイドは菊池聡さん。ほぼひとときも静かに本を読ませてくれなかった。
信者がゆらゆらやってくるのを待ち構えているかのように。

気になった店はここ。
本格的な長崎ちゃんぽんの店。
リンガーハットを貶めるつもりはないが、本場のものをいただきたい。
長崎にいかなくても北九州にはあちこちにいい店があった。
次回はぜひ!
