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「南部(なんぶ)道の駅」77~白州78 2021/2/12

甲府から富士川に沿って下る国道52号線の道は山梨と静岡をつなぐ幹線道路で古来からの水運とともに物流の大動脈であったろう。

大河で鳴らす富士川も冬枯れで水流もちょぼちょぼ。横綱富士川のおやぶんは負けず嫌いなのかくやしそうに「わしも本気出したらこんなもんやないけね。その気になったら濁流で流域ぜんぶ飲み込むことができるけんね」といっている。流域には花火製造で有名な市川大門を擁する。


中央高速と東名高速を繋ぐ横断道路の建設が進んでおり全面開通までもうひといき。それにあわせて数年前新しい道の駅「なんぶ」が開業した。

甲府は人口当たりの寿司店が日本一を争うほどのお寿し大好き町である。52号線の終点は興津でわたしが初めて仕事で泊つきの出張をしたところで製茶工場だった。


道の駅「なんぶ」の売りは静岡の新鮮な魚とフルーツ、そして「南部茶」。

歴史は古く平安時代から寒暖差の激しいこの地はお茶の産地であったとか。幕末に江戸から国元である駿府に戻った家臣たちが開墾した牧の原台地とは違うのだ。


この道の駅で特筆すべきは売店の主力商品がフルーツとお酒類であることで、甲州ワイン、白州産の日本酒が堂々と売られており「道の駅評論家」はたぼーもこれほど酒が並んでいる道の駅は見たことがない。やってくるのはみな車利用であるからして飲酒運手にならないようにSA、道の駅ともに通常お酒は置いていない。だからぼくは車中泊のさいは飲みすぎにならないくらいのビールをあらかじめ車に積んでおく。

さらに道の駅の階段を降りるとまちのホットステーションのローソンがあって、ビールやおつまみ、おにぎりなんでもこいだ。


おまけにこの道の駅には当地の中世の豪族「南部氏」の展示コーナーがある。

南部鉄器で知られる青森、岩手にまたがる南部藩のルーツはここであることをはじめて知った。

お付き合いした青森県人によれば青森は弘前津軽藩であるか八戸南部藩であるかでまったく異なる。

加賀美氏(茶色)は日蓮宗の総本山である身延山久遠寺の敷地を提供した豪族である。

そう、この道の駅は「歴史がお勉強ができる、ためになる」道の駅でもある。


おまけに、展示室の入口には建設会社の会長のようなおやっさんが控えていて(待ち構えていて)、興味をもったお客さんがふらっと入ってくると待ってましたとばかり立ち上がりガイドに変身する。

すごみの効いただみ声で、当地を支配していた南部氏がいかにすごい豪族であったか、頼みもしないのに説明してくれるのであった。


ようするに、南部氏は源氏と武田氏に連なる家柄であり、幕府や朝廷に功績を認められ、そしてのちに南部藩のもとになる広大な領地を与えられるという歴史を2羽の鳥を急所を外し射止めたという故事をまじえてお話してくれる。


ガイドの訓練を受けていないからか、説明は乱暴で巧みではないうえに歳をとりすぎたからなのか、とくに奥州の安藤氏を秋田戦争で滅ぼしたことを認められた、弓の名人であったことなどの同じ話を3度も4度もされ、耳タコになってしまうがそのふるさと愛に圧倒される。


もともとこの地は渡来人によって牧場として開墾された。米のできない荒れ地であったが馬の足腰を鍛えることができた。

武田信玄は中央アジアの騎馬民族の末裔ではないかという説にいきついたことがある。でないと家康がもっとも恐れた最強の騎馬軍団の説明がつかないと。甲斐の国の頑丈で丈夫な馬の供給基地としてこの地の牧場はあったのではないか。古来種の日本馬はサラブレッドに比較すると一回りも二回りも小さくずんぐり体形のポニーのようで映画などの戦国時代の合戦シーンのサラブレッドとはまるで違う。


なんちゃって歴史家であるぼくの気になったのは、このくだり。

「幕府に返上」するなどありえるのだろうか。

しかも幕府から遠く離れた荒涼の地へ移るなど。

この八戸根城は全国500からする城塞のなかで難攻不落のお城ベストテンに入っているという。これもエンドレステープで何度も説明を受けたから忘れるわけがない。

八戸根城


古代、中世、近世を問わず「土地を離れる」というのは「追われる」「逃げる」ことと同義であると思っている。ユダヤの民や古代の大陸からの渡来人と同様に「追放」か迫害や戦乱からの「逃亡」でしかない。逃げて追われてやむを得ず新天地を求めて北上し、戦いにたけていたことから土着の豪族を滅ぼし土地を手に入れたというのがぼくの見立てである。


会長にはその違和感についてはあえて糺さなかった。なんの根拠もないからである。

そろそろ展示室を切り上げて売店にいってみようとしていたが会長はなかなか切り上げさせてくれなかった。

売店や飲食店の充実ばかりに目がいく道の駅にあってご当地の歴史コーナーは印象に残った。しかしながらこうした展示室は往々にして数年後色あせて閑散としてくる運命にあるのもまた事実である。

4月には名産のたけのこ祭りが待っている。


深夜の地震で練馬基地の航空機2機に損害発生。ふだん多少揺れても意に介さないぼくでも10年ぶりの本気の揺れで飛び起きた。パソコンからずり落ちたらプロペラと20ミリ機関砲をやられてたところだ。

尾翼の標識「ヨD」は横須賀海軍基地所属を示し厚木基地に展開していたB29キラー「雷電」。

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はたぼー、また問題発言で辞任に追い込まれる

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)による女性蔑視発言を巡って7日、日本オリンピック委員会(JOC、山下泰裕会長)が入る東京都新宿区のビル前で、森会長の退任を求める抗議活動があった。

 森会長が4日の謝罪会見で「(自分が)粗大ゴミになったのかも。そうしたら掃いてもらえば」と話したことから「ホウキデモ」としてツイッターなどで参加が呼びかけられた。集まった十数人が小さなホウキや抗議のメッセージを無言で掲げる「サイレントスタンディング」で、2時間ほど抗議した。

毎日新聞

日本が許しても世界は許さない。オリンピックの開催がまさにコロナで瀕死になっているのに加え舌禍人災がとどめを刺した格好だ。たびたび問題発言をする森さんだが、はたぼーも負けず劣らず数々の場面で差別発言を繰り返している。


妻がリモート会議をはじめたとき、部屋のドアを閉めているのにもかかわらず、その女性だけの会議のあまりのうるささにあきれ、辟易し、会議終了後あろうことか、妻に向かって、

「まぁ、ばばぁたちのうるさいことうるさいこと、いつもだれかがしゃべっていて、しかもえんえんと続いて耳がわんわんしてたまらん」

はーい、審判がレッドカードとりだし一発退場。

辞任会見では、

「TVの音が聞こえづらかったことからつい配慮のない発言をしてしまいました。ジェンダーが叫ばれる中率先してその啓発に努めてきたところではありますが、どうしたものかふと心にもない思いが湧きあがり口をついてでてしまった、ということでございます。リモート会議でのおねえさまたちのお声はうぐいすのささやきのようでありました。会議も活発に議論がなされほほえましく思っていたにもかかわらず、まさに不徳の致すところでございます。」

― 辞任するお考えはありますか?

「粗大ゴミだといわれれば掃いてもらっていい。森さんと、二階さん、麻生さんの老害ブラザースとともに練馬資源にならないごみ回収センターに出向いてもいい。

しかし、『余人をもって代えがたい』といわれているわたくしのことでもあり、辞任する気はありません。」

― これまでも同級生の女子たちのことを陰で「小学生のときからばばぁ顔をしていた」とか、女性に対し数々の問題発言をしてこられたようですが

「その件については内部通報者により発言の一部を切り取って通報報道されたもので、まったく事実と異なります。『いまも小学生のときのままだね』と発言したあとつぶやいたかもしれませんが今となっては記憶にございません。

常日頃より65歳になろうかという女子たちのことはみなお肌のきれいな年齢を感じさせないドモホルンリンクルいらずの女子たち、と申し上げているところでございます。」

― ところで、辞任後はどうされるおつもりですか

「森会長が辞任後、オリンピック委員会会長に就任し、うるさくない男性だけのオリンピック開催に向け尽力する所存でございます。」

 

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「F1種」野菜のこと

練馬はだいこんの名産地だったけれど、いまではキャベツ栽培が主流となっている。

理由はいくつかあって練馬大根はやたら長く引き抜くのが重労働で農家が敬遠したためといわれている。(ながいうえに首と根っこが細く、真ん中が太いために土に引っかかって抜くのに往生しまっせ)


江戸野菜の研究者であり「江戸東京野菜の物語」などの著者である大竹道茂さんによると、

東京に人口が集中し始めたころから農家のありかたに変化が起きた。

ひとつには地方から流入した大量の人たちの住まいづくりのために東京近郊の宅地の供給が急務となり、「宅地なみ課税」を行い農家が税負担から農地を手放さざるを得なくした社会政策的な側面。まさに江戸時代から野菜の一大供給地であった練馬はターゲットだったのだろう。

その政策的な動きは過去のものではなく、生産緑地法の2022年の営農義務期間の期限切れを間近に控え、さらなる宅地化が進む(不動産業者が狙っている)といわれている。

「生産緑地」として農地が税制面で優遇(農地並み)されるかわりに30年間の営農義務が課されていた。それが解除され農地は農業をやめるばあい自治体に買い取ってもらうことができる。


そして、もうひとつが「F1種」野菜のこと。

流通市場に乗せるための品種改良で、「一回限りの野菜の種」つまり育てても種が取れない野菜の種の登場。

江戸から続く野菜の固定種は不揃いで段ボールに詰めて出荷できるのは全体の3割ほどしかなかった、そのため同じサイズの同じ品質の野菜をつくる必要があった。

そのために品種改良の末生まれたのが「F1種」野菜ということで、わしらは知らないうちに育てやすく不揃いのないレーシングカーのような野菜を食べていたわけだ。

旬にかかわらず年中大根が食べられるのもそのためだ。

大竹さんは江戸東京野菜「固定種」復活に向け活動している。

大竹道茂

 

江戸野菜 大竹道茂


その比較についてこのサイトが紹介している。

F1種と固有種

長さや太さにばらつきがなく、無駄なく出荷できる工業製品のような野菜。

ハイブリッドといえば聞こえはいいがやはり不安は残る。


江戸を訪れた外国人には「江戸の野菜は大根をのぞき見るべきものはない」と映っていたようである。

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有田焼 窯元「基泉」(きせん)

無類のお茶好きだ。

それもたっぷりいただく。

夜明け前に目覚め、顔を洗い、ティファールのケトルに白州の天然水を注ぎ、急須を用意する。

お茶葉をやけどさせないようにするために注意深くぶつぶつ沸く音で温度を感じとってスイッチを切る。

一杯目はぬるめで甘さを引き出し、三杯目は熱めにして渋みを楽しむ。


そして、茶碗は必ずこの有田焼の350ミリリットルのビアマグを使う。

朝食までの4、5時間、それもがぶがぶ3杯以上お茶だけで過ごす。毎日朝だけで1リットル以上飲んでいる計算だ。

このビアマグは忘れもしない15年前の夏、夏休みがとれず9月半ばになってようやくとれた休暇で訪れた有田で購入したものだ。

有田焼の工場団地に並ぶ10店舗くらいの商店の玄関先に置かれたアウトレット商品で、確か2千円だった。

卸団地をくまなくぐるぐる3周くらい回って品定めをして、落ち着いた職人さんふうの店のおじさんは「いいものが見つかりましたか?」と声をかけてくれた。

ほんとうの伴侶のように太ることも大きくなることも、皺がふえることもなく、退色もなく、ひび割れも欠けることもなくつきあってくれている最高の伴侶だ。

陶器には陶器の、磁器には磁器のよさがあり、陶器にはあたたかいぬくもりを、磁器には気品と高貴さを感じる。

色絵 梅菊文【ビアジョッキ 】


これまでの仕事の中でいちばんしんどい仕事をしているときで、同時に一方でいちばん自分が成長していた1年間でもあった。正確には自分で自分を変化させていった、仕事に適合、順応させていったということだ。


とんでもない環境になげこまれないと人は成長しない。

自分のペースでたらたらやっていても化学反応はおきない。


ひと段落ついてようやくもらった休暇で有田焼の窯元のレンガの煙突の茶色とそこから立ち上る白っぽい煙と道端の彼岸花の紅色があざやかな初秋であった。

いらい、このビアマグはそのころのいとおしい自分へのおみやげとして朝の親友、同僚となった。

サラリーマンやっているときは土日以外朝からお茶を楽しむ余裕はあるはずもなく家をでたが、退職後、そして自営業者になってからは毎朝のルーティーンとなっている。


飽きることなく連れ添っているのはどことなくふくよかな女性的なフォルムだからでもあろうか。

この窯元は「賞美堂」という。

同じ図柄のビアマグはいまでもかわらず売られていて5500円の値がついている。

革製品などいいものは長持ちするばかりか使い込むうちに味わいを増すものだ。

こんなにも長く愛用している茶器はない。というか品物はない。直接お礼に伺い、感謝を伝えたい。


賞美堂

有田焼は往時からすると飲食店や旅館などからの注文が減少しているという。

それにコロナの影響でさらに深刻な打撃を受けていることだろう。

お前が応援せんでだれがすると!

おそろいの急須を発注した。

タフで美しく実用的

2021/1/31

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2歳児からのドメスティックバイオレンス

 

ゴルゴ13のシンジケートをやめ、ウルトラの兄弟になることを決めた2歳のコードネーム「R」。

怪獣との戦い方の研究に余念がない。ウルトラマンZでも「ご唱和」している。主題歌も口ずさむようになった。


無抵抗な0歳の弟の髪を引っ張ったり、ぶったりしていて怪獣より恐いウルトラの母の逆鱗に触れぼこぼこにされている。

その憂さ晴らしか、温厚で従順なじいじを怪獣に見立てて突進してくるようになった。

そして、パンチにキックの雨あられ、たまらずじいじはダウンさせられている。

「うおっ、ふおっふおっっほ」と低いバルタン星人の声で笑い腕組みして勝ち誇る。


年末、居酒屋で段差に気づかず転倒し脳しんとうを起こし「たこ八郎」になってしまったじいじは、さいきん「弱く」なってしまっているものだから幼児にばかになったことを見透かされ攻撃をうけるようになった。


レジにいた「はなの舞池袋店」の店長は怪獣がウルトラマンにやられてスローモーションで倒れ込むようなおやじの転倒の様子の一部始終を目撃しており、「こわれたメガネ代は弁償します。」といってくれた。店舗の客席とフロアーとの高い段差がもともと危険であることを知っていたのだろう。


もし、ばかになってしまったときのために店長の名刺をもらって、また連絡することがあるやもしれぬと伝え、

「メガネ代はいい。ただでさえコロナでたいへんな居酒屋の、がんばっている若者たちに迷惑はかけられない」と自分でもほれぼれするせりふを残し店をあとにした。


店を出たあと、なんで店長に「ほんと?いいの?『ラッキー』、ちょうど買い替えようと思ってたやつやかいねー」といわなかったか悔やんだ。

たぶんに東映やくざ映画の見過ぎで「任侠道」とか「男をあげる」とか「かたぎに迷惑をかけちゃいけない」とかいろんなシチュエーションで「かっこつけるようになっていた」ことが原因だと気づいた。

さいわい大きなたんこぶとめまいとふらつきと言語障害ですんでいるが、それからだ。

2歳児からのドメスティックバイオレンスを受けるようになったのは。


2歳児も「セブンも最初は怪獣に投げられ光線にやられ苦戦するもの」とすじがきがわかっているのか、たまにじいじの反撃にあい倒れ込むふりをする。

死んだかと見せかけてすっくと立ち上り、必殺の攻撃をしかけてくる、その繰り返し。


連戦連勝を重ね強さの絶頂にあった2歳児ではあるが好事魔多し、あろうことか大晦日におとうの肩車から転落し落下、左足を骨折してしまった。

救急病院で医師からドメスティックバイオレンスを疑われたがあざなんかがないことから疑念は晴れてはいる。

だけど、おいらのこの2歳児から受けた紫色のあざや打撲のあとはどうなん?サンドバックにされたんよ。


それでも、正義の味方がかわいそうでかわいそうでじいじ怪獣は豚汁やポトフ、お好み焼き、崎陽軒のシューマイ弁当、しらす、やらを差し入れ、回復を祈った。

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絶空調レポート まもなく1年 2021.1.8

今年3月で1年となる「絶空調」のコスト面での評価をレポートする。


A:転居前の間取り

  5LDK(リビングは18畳)

B:新居

  4LDK(同14畳)


比較可能な電気料金は


データは古いがざっとこんな感じ。

これまで1カ月の電気料金が仮住まい期間を除き2万円を下回ることがなかった

先月12月は2台の絶空調の24時間運転で設定温度を20度にしてむやみにいじらず風量は自動にしておいたことで冬場でも2万円を切った。入居時以降夏場を除き11千円から18千円の間で推移してきた。


ただし、大型冷蔵庫、洗濯機などを省エネの最新型に買い替えたこと、電灯をすべてLEDにしたことなどほかの要因も無視できない。

起動時に大きな電力消費となるスイッチのオンオフを筆頭に設定温度の上げ下げ、風量の変更などが空調機器に負荷をかけ電気の消費量を上げると業者から繰り返し聞かされていた。

ほんとに留守にするときスイッチを切らなくていいのか、もったいないのではないか、悪いことをしているのではないかと小心者のわたしは慣れるまでに時間がかかった。


旧居は夏暑く冬寒い断熱性が低い建物であったため、エアコンでの暖房はあてにならずほとんど使用せずガスファンヒーター3台と石油ストーブを2台使用していた。そのガス代と灯油代はかなりの額になるはずだけれど別料金でここではカウントされていない。そんな意味では冬場は前提が違いすぎて比較可能とはとうていいえない。

絶空調では他の暖房器具との併用はよろしくないとされ、2台にいっさいおまかせだった。必要も感じない。

それでも、玄関、廊下を含めすみずみまで一定の温度が維持され夏場冬場ともに快適に過ごせた。

南向きの各部屋は冬場に陽が差し込む昼時ぽかぽかになってTシャツになることもあった。クロネコさんの荷物もTシャツ姿で受け取ることもしばしば。

ただし、3階の屋根裏収納部屋とつながる夏場の2階部屋は日差しと1階に設置されている機器の風量が弱くなるせいか暑くなる傾向があり、今後東京の夏の気温が上がり続けると壁掛けエアコンが必要となるかもしれない。

そのときに備えてエアコン用の200V電源もオプションでリビングと2階部屋に追加しておいた。


台所と廊下の天井に機器はそれぞれ設置されており、1階と2階の吹き出し口からの温風、冷風はかすかな音とともに吹き出す。

布団は12月でも薄い羽毛布団1枚でいい。寒さや暑さで夜中に目覚めることも一度もなかった。


もともと業者のセールストークだとして鼻で笑ってその実力を信用していなかった「絶空調」。

条件が異なるなかでの比較ではあるけれど、結果的にコロナ対策になった24時間の換気システムとともに空調にかかる絶空調のコストはおつりがくるほどであったと評価したい。

そして、なにより、だれより快適に過ごしているのは旧居ではストーブの前で火がついて燃えそうになりながら寝ていたにゃんたちのようだけど。

あれこれ設計上の無理難題をおしつけご苦労を強い、ご尽力いただいた「ひのきや住宅」の営業の松井さんと、工事をしきった現場監督の伊藤さんに掛け値なしの謝意をこれから伝えるつもりである。


 

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イスラム横町のマスクのいま 2021/1/4

 

JR山手線新大久保駅をでてすぐのマツモトキヨシをまがるとそこはもうイスラム横丁で、なかでも一番目立つのがこのスパイスやハラルフードの「GREEN NASCO」。

隣は激安の八百屋で中国産のにんにくがネットにこれでもかと詰めてぱんぱんになったやつが900円ほど。

大阪ミナミ、動物園前の超激安スーパー「玉出」も真っ青な、とにかく「安く」売ることに命を懸けている八百屋に違いないとその気迫にしり込みする。


NASCOインド人の経営だろうか、ターバン姿のいい歳のひげのおやっさんが瞑想がちにレジに立っている。

アジア、アフリカの食材を扱っているかたわらでマスクが山積みされていて日によって値段がかわるのか値札は手書きだ。今日はひと箱399円(税込み)、1枚8円。

輸出を制限していた中国産のマスクが大量に出回ったことで値は暴落している、というよりこれまでが異常だっただけでもとに戻ったということだろうか。

新大久保駅の北のほうは韓国ゾーンで韓流スターの写真やグッズの店がふえたような気がした。もう数十年前とくらべるとではあるが。


駅の南、新大久保駅とJR総武線「大久保」駅に挟まれたあたりは、もうアジア、アラビア、何でもありの多国籍の店が長屋のように肩を寄せ合って集まり、日本語がまず聞こえてこない雑然とした異空間だ。

田園調布や二子玉川のマダムたちは一生涯足を踏み入れないゾーンであろう。もったいない。


日本で暮らすアジアやイスラムやアフリカの人たちにとって大久保は母国を感じることのできる、なつかしく、やさしく、おいしく、ほっとするところなんだろう。

スナックの店で店頭に行列のできている店もある。スパイスのにおいにたじろぐ私には行列ができる理由、どこがどう違うかまずわからないと思う。

 


先月12月の仕事帰りの北千住の商店街ではマスクがひと箱50枚が195円だった。1枚4円。だめもとで試しにひとつ持ち帰ったけれど問題ないようだった。


転売してひともうけしようと企んでいた業者が時機を逸して売り抜けに失敗したことから輸入が遅れたせいだと輸入業者を監禁した事件もあった。監禁投げ売り流出マスクではないかと疑った。


 

 

感染が拡大し、たまりかねた小池知事が総理に働きかけ今週にも「緊急事態宣言」を発出する。

 

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「日本映画発達史」田中純一郎氏について


昭和50年に新資料をもとに改版された文庫版の著者によるあとがきに次のようなくだりがある。

私が映画の魅力にとりつかれるようになったのは、上京して神田の中学に通う頃で、(略) 私は中学を出たら映画会社に入りたいといった。 私の家の祖父は、一代で産を作った堅人だから、活動の仕事といえば旅興行のテキ屋くらいにしか思っていないので、私の申し出を聞くと激怒して、「活動などはやくざもののやる仕事だ」「お前には魔がついたのだ」といって、学業半ばの私を、日本橋の糸屋に預けた。 私は店の主人が簿記の学校に通わせてくれるのをよいことにして、勉強にかこつけて、よく映画館に回った。映画雑誌にも投書した。(略) 大正8年暮れのスペイン感冒で、私は死ぬような病気をした。そのころから、趣味としてならいいということで、私のわがままも聞いてもらえるようになった。

大正8年暮れのスペイン感冒がこの力作への階段を登らせたのは間違いない。

100年後の今回のコロナ騒ぎの巣ごもり生活が人々に何をもたらすか、生活に変化を与えるか、与えたか。


もうすぐ1年になろうかという感染への対策生活は少なからず私の生活にも影響を与え、よけいなもの、不要なものをとりのぞいた、よりシンプルな暮らしに、毎日にかわった。そんな気がする。

2020/1/4

 

 

 

 

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Blue-Ray レコーダーの内蔵HDDの換装

2014年に発売されたブルーレイレコーダーディーガDMR-BRS500は奴隷のような酷使に耐えよく働いてくれてはいるが、こいつを分解して500ギガの8倍の4TBのHDDに換装してしまうことにする。


8年前に一度トライしたもののあと一歩のところで挫折した経験がある。

いったん本体のケースをあけてしまうと今後メーカー保証がいっさい受けられなくなると脅されていたからドライバーで分解するときハラハラドキドキしたのを思い出す。

本体からHDDを取り出す作業は魚の内蔵をとりだす下処理のようでもある。


取り出した500ギガのHDDをコピー機を使って4TBのHDDにまるごとコピーする。

8年前と違いPC不要の丸ごとコピー機でクローンHDDが簡単につくれるようになった。


HDDはウエスタンデジタルのラインナップのうち「監視カメラ用」の「パープル」シリーズを使う。


そして、HDDの内容の書き換えを「HxD」というフリーのバイナリエディタを使っておこなう。

 

HDD内部に記録されている気が遠くなるほど膨大な12進法のデータの文字列のうち500ギガであることを示す

「51CA8C0E」(設定値1)と「51BA800E」(設定値2)の部分合計8か所を検索機能を使ってさがしだし、

4TBの容量を示す

「88D26974」と「88C25D74」にそれぞれ上書きし書き換える。

するとレコーダーが4TBの機器として認識してくれる。

なぁんだ、おまえ「500ぎが」くんかと思っていたけど「4てら」くんだったんか、というわけである。


前回はここまでいったのにHDDを本体に取り付けたとたんいうことをきかなくなり、もとに戻した経緯がある。

整列した延々と続く16進法のバイナリデータの大行進は様式美すら感じる。


武家屋敷が連なる幕末の江戸の景色も日本建築一色の様式美があってさぞ綺麗だったろうと思う。

白い塀と灰色の屋根のツートンカラーの統一美。(フィリックスベアト撮影)

幕末に時計を売りにやってきたスイス人アンベールが膨大なスケッチを残している。

江戸のみならず横浜や京都、江の島などの街並み、よほど好奇心旺盛だったのか風俗に興味を持ち庶民の暮らし、僧侶や神官、食事、日本女性、葬式や拷問、晒し首の様子まで偏見をできるだけ排除しながら克明に記している。

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「日本映画発達史」田中純一郎著 全五巻をヤフオクで

とんでもない名著だった。

1957年に初版が刊行され、そのうちの1冊が神田神保町をうろつく私の目にとまった。


いまはいい時代になって本屋を探し回らなくともネットオークションでかんたんに手に入る。

昭和51年に文庫版となって中公文庫から出版されたものを全5巻落札したがこれがいま手に入る最後のもの。


急な仕事が入り、つまみ読みしかできなかったけどようやくひと段落で年末年始に腰を据えて読もう。

作品の生まれた時代背景や制作会社の盛衰、制作エピソード、どれも興味深い。

おもわず笑えるのもある。


「大映は永田雅一をはじめ、首脳部に製作出身の者が多いためか、一つ一つの映画作りは慎重に企画されていることは分かるが、営業的にときどき失敗をしている。つまり書き入れどきに大作や話題作が間に合わず、せっかくの興行力を発揮できないことがたびたびある。営業企画と製作企画がうまく合致しないまま、出たとこ勝負で興行するからである。」

これがまさしく「興行」。一発当てる、いちかばちか、大失敗、これぞまさしく映画の醍醐味。




2020.12.25