2017年6月29日 定年退職を目前にして、とどめの休暇をとって憧れていた慶良間諸島へいくことにした。仕事を気にしながら休暇をとることもない。この先はともかくしばらくは「わしが休みたいといえば休み」の毎日だ。
はたぼーの長年のご苦労をねぎらうように那覇は大雨で迎えてくれた。そして、翌朝さあ船に乗り込もうかという直前まで。どよーんとした、いじけた気分。出迎えてくれた1年先に退職し、那覇に一足先にきて、すでにうちなんちゅ(沖縄人)になりきっているしんちゃんをちくちくいびる。
ところが、「とまりん」を8時に出港して那覇の西40キロの慶良間諸島に近づくにつれ空が明るくなってきた。しんちゃんに対しても優しくしなくてはいけないという気持ちが沸き上がってきた。しんちゃんはただでさえ生活習慣病による血液検査の数値とまじめに格闘している最中で、いびったりつねったりしてはいけないのであった。これまで居酒屋通いでいじめてきた自分の体と心が和解して、本気で酒を断ち、次回の血液検査に向けて、ノンアルコールビールをがぶ飲みして紛らわす日々だった。しんちゃんは普段から、しらふのときと酔っ払いのときの区別のつかない、「どこかおかしい、いっちゃってる」系のおやっさんだった。長いこと気難しいはたぼーとお付き合いができたのも、「オールシーズンTシャツと短パンのいでたちで24時間いっちゃってたおっさん」だったからである。
慶良間ブルーの海。どこまでも青い。慶良間までは那覇港から2時間ほど。巷ではブラックと後ろ指をさされるはたぼーのどす黒い心も慶良間ブルーに洗われ、海の似合う、笑顔がさわやかなおじさんに変わっていくのが自分でもわかる。
いくつかのダイビングショップの乗合船。世界でも有数の透明度を誇る海。今回はシュノーケリングで楽しむことにした。ボートのトイレにはウォシュレット完備。トイレットペーパーは流してはいけないことになっている。紙は容器に入れて港に持ち帰る。海を汚さないよう、お弁当の容器やぽり袋、包装紙、緑のバランに至るまで風に飛ばされて海に落ちないよう、落とさないよう徹底的に注意を払う。
さっそく鮫がごあいさつ。目をぎょろぎょろさせて、うろついている。この砲弾のような無駄のない流線形が美しい。つい、臨月体型のしんちゃんや、「妊娠3か月」といわれたおやじの体型と較べてしまう。
ドロップオフ。はたぼーの好みの断崖絶壁。(以下水中写真はショップのインストラクター黒住さんに撮影していただいた)
身動きせず、岩になりきったつもりだろうがね。ミノカサゴくん。しかし美しい姿とうらはらに気が強く攻撃的、ヒレの毒には要注意。黒住さんが夜光貝をめざとく見つける。ずっしりと重い。牧志の市場にもっていけば、と思ってしまうがもちろんもとの場所に戻す。これは絶対のルールだ。
いきなり、ウミガメさんに出会う。愛くるしく人に慣れていてダイバーの人気者。実家の玄関に飾ってあったウミガメの剥製。ウミガメさん許してくれ。40年前の日本はあなたたちを捕獲して剥製にして飾って喜ぶという無神経な時代だった。われわれも、体の力を抜いてかめさんになったつもりでぷかぷかゆらゆら漂う。思えば、新宿や池袋の飲み屋街をゆらゆらくねくね漂っていたおろかな時代もあった。
幻想的な世界。9年前那覇空港から久米島に向かう飛行機の窓から見下ろす慶良間諸島の島々と海の青とグリーン、白い砂浜の景色に息を飲んだことを思い出した。いま、そこで海亀といっしょにゆったり泳いでいる。夢のよう。
ただ、この美しい海にもいけない人がいる。カワハギの仲間で、ダイバーたちが恐れる「がらもんがら」。凶暴で噛みつくのだ。縄張り意識が強く、産卵のころは気が立っていて攻撃してくる。さざえの殻をかみ砕くほどの歯とあごをもっており、ダイバーたちも、耳を噛まれて縫ったり、ウエットスーツを破られたりで、「出会ったらとりあえず反対方向へ逃げる」というのが合言葉だ。「がらもんがら」ってどんな色ですか?と聞くとインストラクターは「なんとも言い表せない。」と困った様子。上は「ざぶとんの柄のような」と。「一匹で斜めによたって泳いでいる」という。見た目もよくない。腹に白いまだらもんもんを入れている。けんかをふっかけながら街をうろついている凶悪な不良という感じ。定年前でもあり、いけない人たちと「かかわりあいになりたくなかった」。沖縄の海は「かわゆい」お魚ばかりではないことがわかった。
このあたりはあの「マンタ」に出会えるポイントだという。いつかの楽しみにとっておきましょう。