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遠藤周作で読むイエスと12人の弟子

遠藤周作さんはただのすっとぼけたなおやっさんだと思っていた。カトリックのクリスチャンだことは知っていたが著作にも興味もわかず、ほったらかし。

それが、「海と毒薬」(1958年・九州大学医学部でのB29の捕虜の生体解剖事件)の映画化やスコセッシ監督制作の映画「沈黙」あたりから私の見る目がかわった。

 

イエスの生涯 1982


私はイエスという人物がよくわからないでいた。そして「聖書」をなんども開いてみたがその先にある扉が見えなかった。いまでも彼の説く「愛」の本質はわかっちゃいない。少なくとも日本語には彼のいうところの「愛」を説明する言葉がないのかもしれない。「神とともにあって人々を大切にしたいと思う気持ち」のほうが近いかもしれない。

街ゆく人たちに「キリストは愛です」といくら説いても、「そうですか」で終わり。耳を傾ける人はいない。まして「悔い改めよ」と脅されたならばかかわりを持ちたくなくなる。

貧しく病める人たちとともにあったことはわかっても不治の病を治したりする「奇跡」や「復活」を素直に受け入れることができず懐疑的な私は思いを寄せつつもキリスト教徒ではない。そもそもキリスト教徒としての資格がない。よしんば許しを得て受け入れてもらえたとしても中世ならば異端の教徒として逆さ吊り、火あぶりにされる運命にある。最初から「ころんでいる」状態だ。


この著作は12人の弟子たちからみたイエス、イエスから見た12人の弟子、それぞれの目に映る姿をその視点、視座としている。

イエスに従ったこの弟子たちはもともと偉人でもなんでもなく、当時ローマ帝国の植民地となっていたユダヤを解放してくれる預言者としてイエスに期待していた普通の人々で、イエスを裏切るわ、逃げるわ、教えに懐疑的であり遠藤氏によれば「弱虫、卑怯者、駄目人間」だったという。

そのどうしようもなかった弱虫たちがなぜイエスの死後、人が変わったように目覚め、命を顧みず(ほとんどが処刑された)布教活動するようになったかがイエスの教えを理解するかぎであるとする指摘は的を得ていると感ずる。


聖書の文言はユダヤの厳しい戒律、律法、荒涼とした谷や湖、ほこりっぽく乾いた町や石造りの神殿を連想させる。

この著作はそんな景色に日本の湿気やもや、蒸気、そして木造の家並みを加えている。宗教学者の論争などに巻き込まれずに距離をおいて、イエスの永遠に問いかけの続く教えの扉をあけてくれている気がする。


西洋のキリスト教絵画を鑑賞するのには「聖書」の理解なくしてありえない。絵を見れば聖書のどの場面なのかすぐにわかる。そして思いを寄せることができるようになる。


この著作を読むにあたって、「芸術新潮」の絵画解説記事をまとめたこの本をあわせて読むとより臨場感にあふれ理解が深まることうけあいです。

妻とこの本のことを話題にした。

イエスはローマ帝国の支配を揺るがすユダヤの政治犯として、革命家として処刑されたことさえ知らなかった。社会科の教員免許を持っていてもこの程度であることをなじるつもりもない。世間一般おおかたそんなもんかもしれない。こころの持ちようは人それぞれで強要するものでもない。

クリスマスを祝うのはケーキを食べんがため、パーティーをするためではない。政治犯として処刑された弱くみすぼらしいイエスキリストの誕生を祝う日だ。子供たちは別として大の大人がはしゃいでいるのが幼稚でこっけいに映る。楽しそうだからそれでもいいのかもしれないが。

2019.3.24

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「わが天幕焚き火人生」椎名誠さんトークイベント2019.3.21

師と仰ぐシーナさんの刊行記念イベントが神田神保町の「ブックス東京堂」6階ホールで開催された。パイプ椅子120席ほど。サイン会もありこれでほどよい広さかもしれない。


刊行記念とはいえトークはいまシーナさんが話したい内容となり、シーナさんのまわりで増えてきた「死」の問題についてに多くを割かれた。

「2030年問題」、団塊の世代170万人が一気に死を迎え、火葬場の処理能力を超え行政も打つ手なく、「焼き」に5日待ちなどの事態が予想され、墓の問題など混乱が予想されること。

隠岐の島の無人島への散骨、ガンジス川を流れてくる死体のことなど今日の「師」は天幕生活よりも「死」への思いが強く、私が先週読んだ「ぼくがいま、死について思うこと」(2013年)の刊行記念にふさわしい内容だった。結果的に私はちょうどjきょうの講演の「予習をしていた」ことになる。


サインをしてもらうひと時は作家とひとことお話ができる千載一遇のまたとないチャンスで、すかさずこの著作にでてくる死んだあと「ゆうれいになってでたいか」とかを話題にした。

するとシーナさんはびくっとしてサインの手を止め師の前でびびって緊張している私を見上げ、「いまその時期をむかえてるからね」とご反応をお示しになり、握手を求められた。


「ぼくはやたらと旅が多いけれどよく考えてみるとちゃんとした屋根や寝具のあるホテルや旅館などのいわゆる『旅の宿』に泊まっているのは、全体の半分くらいのような気がする。」

と「焚き火人生」で述懐されている。

会場に来ていた少年とお母さんに「旅をしなさい、旅をさせなさい、野外で寝てみなさい、そうするとかならず強くなる」と力強くお声をおかけになった。師にはクラーク博士が降臨していた。


おやじの場合、この1年間、いわゆる「旅の宿」に泊まったのは全体の1割くらいのような気がする。「プチ家出専用車」に「ちゃんとした屋根や寝具がある」かどうかは疑義のあるところであるが、少なくともテント生活には冷暖房もなく季節の雨風にさらされ、カレーライスやとん汁づくりがあり、焚き火を囲んだ人生の語らいがあり、釣りあり歌あり踊りありの原始生活が基本だからそのスタイルは根っこから違う。


シーナさんの著作は200をゆうに超え本人は「粗製乱造作家」と自称しておられる。年に8作刊行するほかに連載ものも多数あって締め切りが重なると本日のように朝の3時まで執筆で、寝たら今日の講演に支障が出るとそのまま起きていたという。「コンビニ作家」とも自嘲しておられる。まっとうな作家なら年に数作が限度であろう、いいものを世に出すならばこれが限界ではないかといわれる。

ただ、サラリーマン生活をしているとき読んでいたシーナさんたちの「あやしい探検隊」の焚き火や釣りや無人島生活がとてもうらやましかった。たしかに推敲を重ね練り直す内容ではないかもしれないが、記事のひとつひとつがまぶしかった。


チベット、インド、北欧、アマゾン、マゼラン海峡など世界各地を旅するようになって地球規模にスケールが大きくなったけれど、そこから見てとれる日本の暮らし、日本人の考え方のへんなところ、誇るべきところ、幼稚さなど伝えてくれてそのつど共感し膝を打っていたものだ。世界の人々の暮らしをニュートラルにとらえ、上下、貴賤で判断しない。これはシーナさんの哲学として一貫している。

洗いざらしのジーンズとTシャツが似合う。「英国屋」で仕立てたスーツを着たらまるで「じじい七五三」だったとおどける。

おそらく新橋の居酒屋飲んだくれサラリーマンも同じようにシーナさんにあこがれながらうだうだ「ここだけの話」にあけくれていたはずだ。


昭和19年生まれのシーナさんの語り口は昔と変わらず淡々としてアジることも声を大にすることも感情的になることもなく、これっておかしいのではないか、これは余計なのではないか、つまり日々生きる上で大切なことはなんだろうという素朴な疑問に答えてくれているような気がする



神田神保町の古書店街。

この界隈を歩くときは時間に余裕をもって覚悟してでかけないといけない。

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ジョイフル三ノ輪商店街

都電荒川線の終点駅三ノ輪からまっすぐ伸びる「ジョイフル三ノ輪」のアーケード。下町の荒川区南千住にはこれぞ「昭和の下町商店街」とうならせる商店街がある。昭和はおろか江戸の寛永年間の昔から「下谷通新町」として賑わっていたといいます。


東京に唯一残る路面電車。荒川、王子、池袋経由で早稲田までことことがたがた走るかわいい電車でファンも多い。


「江戸東京まち歩きブック」によれば、この写真館になっているビルはこの電車を運営していた「王子電気軌道」という私鉄の「王電三ノ輪ビルディング」(昭和2年に建設)であったということです。王電は戦争中の昭和17年に東京市に買収された歴史があります。



さぁ、歩いてみましょう。

まさしくこれが昔ながらの昭和の生粋の正統派商店街で、目障りなお店がない。奇跡に近い。

地下鉄三ノ輪駅の近くには「尺八」専門店などもあり台東区らしさを見つけることもできる。


おやじを狂喜させたのはこのパン屋さん。

「オオムラパン」

飾りのないシンプルなガラスのショーケース、アルミのトレー、総菜パンが一個135円からの価格設定、嬉しさのあまり涙がでそうになる。

店頭に赤い札が下がっていてそれぞれのパンへのキャッチコピーが書かれているが、なんて書いてあるか読みずらい。

チーズパン、とろけるチーズ グゥ」「カレーパンビッグな味のカレーパン」「トンカツパン 味ジャンボ 身体もジャンボ」といった具合だ。


昭和の商店街はどこもそうであるように従業員を雇わず家族経営で、家賃の支払いがないところしかやっていけない。おばあちゃんも現役の看板娘で真冬も真夏も吹きっさらしの店頭に立ってがんばる。

がんばらないといけないから元気でいられる。外で働くから寒さに強くなる。なにより息子のつくるパンは日本一安くておいしいという自負や心意気が体をしゃんとさせる。


きっとこのおばあちゃんが若いころの昭和の30年代には10円玉持った鼻水たらした子供たちが「おばちゃん、コロッケパン」といって裸電球のまわりに何度やってきたことだろう。

買い物時にはお母さんに手を引かれた子供たちがこのパン屋さんにやってくる。

食卓を囲み正座しておかっぱ頭の女の子が、坊ちゃん刈りの男の子が取り合いしながらオオムラパンをおいしい、おいしいと食べるのを嬉しそうに見つめるやさしいお母さんの姿。そんな情景がなつかしく目に浮かぶ。


そして、ここで大きくなった子供たちは三ノ輪の商店街のことを大人になっても忘れず、お店のおばあちゃんの健康を気遣い、お店のおばあちゃんは子供たちの成長をほほえましく見守ってきたであろう商店街。商店街が人を育てていた時代のむかしのお話。


商店街の左右には朝顔の似合う細い路地があって、いかにも下町らしい。であれば、もしかしたらあれもあるかもしれない、、、


やはり、あった!銭湯。浸かっていこうかとも思ったが、まだ3月の立春前で寒く湯冷めがこわい。

夕暮れ時に洗面器にタオルとせっけん持って、湯につかり、蕎麦をたぐり一杯やる、、、至福の時間だろうな。


おあつらえ向きの「かも南蛮」が売りの蕎麦屋が。

店頭のお品書きには英語、中国語、韓国語、そしてドイツ語で「カードは使えません。現金のみ!」と手書きの文字が添えられている。


一眼レフもった白人の長身の男たちと何人もすれ違う。彼らがディープなここまで探検しにきていることが不思議に映ったが、思い出した。


是枝監督がカンヌで受賞した映画「万引き家族」のロケ地のひとつになった商店街だったのです。

山田洋二監督同様、家族の普遍性をその時代に溶かしこみ描くことのできる是枝監督。

西新井大師門前の「かどや」同様、なんともしぶいロケ地を選ぶものです。世界中の人たちが珍しい極東の景色として好奇の目で見たことでしょう。


路地のあちこちに祠がある。さらにこんな店も。

すでに絶滅したかと思っていた駄菓子屋。しかし、電停横の「ミミ」の前ではなにかをたくらんでいるふうの少年たちがたむろしている。

古びた木枠の手で持ち上げるガラスケースの中にはこどもたちのわくわくする思いがつまっているのだろうか。荒川区日暮里や尾久のあたりは全国の駄菓子屋に卸す問屋さんがたくさんあったということです。


いなかもんのおやじも東京に移り住んで幾年月、幾星霜、40年近く仕事や遊びで歩き回ったが、それでもほんの、ほんの、江戸東京のちょっぴし、ほんの指先くらいしか知らない。

降りたことのない駅は数えきれない、定年後とはいえこれからどのくらい知らない街の駅に降りるのかわからないけれど、降りることができるのか見当がつかないけれど、昭和を求めて探検していきたい。

2019.3.18

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St.Patrick’s Day 2019

世界中が緑に染まる日

5世紀にアイルランドにキリスト教を伝えた聖パトリックを記念する祝日。3月17日。エンパイアステートビルや伊勢神宮の大鳥居などの世界各地の名所も緑色にライトアップされた。

春の日差しのなか、この日の表参道のパレードには約1500人が参加し、お祭りムードに包まれた。

聖パトリックよりおばちゃんたちのほうが目立っている。バルセロナオリンピックで金メダルとった岩崎恭子のオープンカー祝賀パレードで本人よりも沼津市長の方が目立っていたことを思い出す。大使館の家族だろうか。ここでも忖度、が脳裏をよぎる。

パレードでは観客を含め「なんでもいいから何かしら緑色のものを身に着ける」のが決まりだ。そういえばダブリンの2階建てバスも緑色。


東京中のアイルランド人が表参道に集結している。お祭りに合わせコンビニには大量の「ギネス」ビールも用意される周到さ。泡がもわっともりあがって焦げた苦みの中にコクがあってガツンとくるGuinessはおやじの特別な日のご褒美。

三つ葉のクローバーがシンボルでキリスト教の「三位一体」(父なる神・子なるキリスト・聖霊)を表す。そのため「グリーン」がシンボルカラー。

代々木公園のブースではおきまりのフィッシュ&チップスやマッシュポテト、などが味わえる。ラグビー大国で今年日本でワールドカップが開催されるためPRにも余念がない。

いかにもスタジアムで熱く燃えそうなギネスおじさん。


イギリスの植民地としての歴史、カトリック、プロテスタントの宗教対立、IRA(アイルランド島から英国を駆逐する武闘派)いろいろある。

言葉も違いアイルランド語。じゃがいも飢饉と数百万人のアメリカへの移民(J.F.ケネディー、ロナルド・レーガンなどの祖先)。

ウイスキー発祥の地、「飲んだくれ」「時間にルーズ」のイメージがある。シャイだったり愛情表現が下手だったり、表と裏があったり、アイルランド人の男ん子が「大丈夫」といったときはたいてい大丈夫ではないなど、とおやじを筆頭に日本人と似ているところもある。

観客にカボチャのボールを投げ込むラガー少年。いつかスタジアムで会おう!


いかにもかしこそうなわんたちもパレードに参加した。

この子たちは「わん」とか「きゅーん」とかしか言えないが私たちのいうことはちゃんとわかっているし、おやじよりずっと情が深いしいろんなことをわきまえている。

「盲導犬」などは賢さ、大人度はおやじ以上だとしみじみ思う。飼い主よりすぐれているワンたちは日本中に相当数いるはずだ。思い当たる家族は片手ですまない。



ほかにバグパイプ鼓笛隊(日本人ばっか)の行進もあり雰囲気をもりあげる。

伊藤園」の「おーいお茶チームもオリンピックの時の日本選手団のように大集団でパレードしているがなにか違和感があった。協賛してくれる大事なスポンサーとして大目にみよう。

奥さまが日本の女性、という家族を多くみかけた。国民性からかアイルランドの男性と日本の女性とは合うのかもしれない。アイルランドの女性は自分からアプローチせず男性から声をかけられるのを待つ、その一方でひとたび結婚するとおくさんがだんなを裏で操る、というしたたかな面も。


最近まで憲法で離婚が禁止されていたことも関係しているのかもしれない。世界的に見て日本の男性はぱっとしないし、女性に対してやさしくもないからもてないのかな。


妖精「トロル」だろうか、近づいてくると女の子は泣き出してしまった。


私の敬愛するラフカディオハーンはアイルランド人の父とギリシャ人の母を持ち、詩や精霊のケルトの世界を父から受け継いでいる。

2019.3.17  表参道

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カゴメ「定時株主総会」


招集されたからには出席せねばなるまい。もういままでのようないわれるままのおやじではいけない。これからは「ものをいう株主」になる。財務諸表を鋭く分析し質問を投げかけることからはじめる。

3月27日まで間もない。しかも名古屋国際会議場だ。急ごう。


大阪商工会議所の「ビジネス会計2級」試験を一昨日受験したばかりで決算書をいじりたくなった。

お受験」では「連結財務諸表」への理解と指標の分析・評価を中心にA社B社の決算書をもとに数値の比較を行う能力が試された。2時間の制限時間がありぼやぼやしている暇も、お茶を飲むゆとりもなくひたすら電卓をたたく正確な計算能力も要求された。
試験中に試験が終わったらお昼に何を食べようかなどと思うものならたちまち時間が過ぎていく。


緩い生活に浸かったおやじの心のすきまに体の悪魔の防衛本能がそんなにがんばらなくてもいいよ、適当に回答しておいしいものでもたべにいこうよ、合格してなんになるの?と耳元でささやくのだ。

そんな「妄想」を振り払いながら、将来のある若い女子や青年たちに交じって受験している。おやじと同様に年配のおっさんの姿もちらほら見かける。

どうやら私と同じように何か勘違いしているような雰囲気を持った方々もおられるような気がした。


朝早く起きて机に向かうおとうに向かって、おっかぁは無神経にも

「そんな試験受けて何になるの?」と首をかしげる。

女子はなんもわかっちゃいない。これだから困る。とはいえ「受かったからといってなんもならん。」と素直に白状する。


しかし、会計にかかわる仕事に携わってきていながら、「商法」の大改正で「会社法」が平成17年に成立してから「連結財務諸表」の理解をしないままずっとごまかして生きてきたことがのどに刺さった骨のように自分自身の負の遺産(ほかにもたくさんあるのだが)として気になっていたのだ。

そのもやもやに「決着をつける」「終止符を打つ」ことにした。

男にはしめしをつけなければならないときがあるのだ。いまさらであろうと高倉健と池辺良が我慢しきれなくなって二人で悪い親分のとこに命を顧みず殴り込みにいくのと似ている。

男一匹62歳、壺を振って数十年、いかさまだらけの緋牡丹おやじ、
止めてくれるなわからずばばぁ、無駄とは知りつついかねばならぬ、泣くな電卓腱鞘炎、、、、


 


カゴメさんとは何のかかわりもござんせん、、、

試験会場は水道橋の日大経済学部校舎。2級の試験終了後続いて行われる1級試験の受験者たちが入り口で入場待ちをしている。

挑戦者たちの顔がまぶしい。自分はつくづく2級の男だという気がして、、、


神田に来たついでに「東京堂書店神田神保町店」で今月21日に開催される椎名誠さんのトークイベントの参加予約をする。

わが師と仰ぐお方なのだ。お会いするのは数十年前の銀座ヤマハホールでの講演会以来。

最近読んだのは「ぼくがいま、死について思うこと」で世界の国々の死生観とお葬式の在り方に考察を加える、というものだったが、

①死に方、どんな死に方がいいか、

②お葬式をしたいか、どんなお葬式をしたいか、

ユーレイになってでたいかを友人たちにインタビューを試み、語り合うというのがおかしかった。

今回の企画は『わが天幕焚火人生』刊行記念。タイトル「わが天幕焚き火人生を語るーあぁ、思えばいつも三角屋根を見ながら旅してたー

椎名さんのおとうさんも公認会計士だったね。

 

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道の駅-33 ~木更津アウトレット~道の駅「木更津うまくたの里」

広い、とにかくでかい!308店舗日本一のアウトレット。九州佐賀の「鳥栖アウトレット」の2倍の店舗数がある。
羽田をめざし着陸態勢をとり低空飛行する飛行機がひっきりなしに上空を舞う。

フードコートが「広すぎて見えない!」ハズキルーペなんとかしてくれ!


案内図の「店が小さすぎて見えない!」


あれこれいじられ揶揄される千葉だが首都高羽田から東京湾アクアラインのトンネルを抜けると、だらっとしてのんびりゆったりした木更津郊外の田舎がひろがる。とにかく近い。
この道の駅の売りはなんといっても名産の「落花生」。落花生が主役を張っている。落花生が主役になるのは落花生史上この道の駅が初めてではないのか。

そして並んだ農作物の生産者の顔が見れるように生産農家の人たちの写真がジャニーズのブロマイドのように張り出されている。笑顔もあればないのもある。
誇りを持って生産しお客さんに喜んで購入してもらっているのがわかる。
現代の旅籠(はたご)である「道の駅」の成功の秘訣は生産者と消費者を直接笑顔で結び付けたことであろう。
なにより「道の駅」の充実がなければわが車の改造もプチ家出生活もなかった。
落花生」専用の棚もある。
さらに「ピーナッツペースト」製造マシーンもあり、千葉の落花生とアメリカのピーナッツの味の違いを知ってほしいとこのマシンで挽いてすぐにスプーンで食べ比べができるようになっている。

負けるけんかはしない。
どちらも市販のもののような混ぜ物がなく落花生100%の栄養価の高い自然食品。真っ向勝負だ。


ペースト用のアメリカのピーナッツは一袋648円なのに対し千葉産落花生は1,296円とちょうど倍の価格設定。その差をどう理解するかの日米の対決姿勢を鮮明にうちだしている。

そしてその味わいの差は歴然で、千葉さんの落花生はまろやかでこくがあり奥深い。千葉さんの圧勝。千葉さんの自信のほどがうかがえる。
ほかに名産の醤油の品揃えもなかなかのもの。
江戸の醤油の一大供給地としての歴史があり、いまでも千葉県だけで全国の3割を生産しているという。

ビールだったらごくごくいただくが、ここで醤油を飲むわけにいかずへぇーで眺めるだけ。
野田のキッコーマン、銚子のヤマサととヒゲタ。銚子は駅に着くと醤油の匂いがすると聞いたことがある。
伊豆と同様に半島のように突き出た千葉は海に囲まれ、「金目鯛」「や「伊勢海老」の水揚げも伊豆にひけをとらない。
さらに「房州枇杷」もある。君津では小売りはしてないが「鉄」もとれる。
千葉は目立たず地味に思われてはいるが相当な「実力県」で移住する若夫婦も多いらしい。


お得な「落花生のはねだし」を購入。
いっぽうの豆の入っていないさやもあるが(だから「はねだされた」わけだよ)文句をいいたくなるのをぐっとこらえ、

あの「中国産」のとは違うんだからねと自分を納得させ大切に殻から取り出しお猿さんになって味わう。
大人一人が入れるくらいの大きさ。
入ってみたくなった。「落生」ならぬ「落生」として。


木更津のアウトレットのフードコートには「こあがり席」があって、乳幼児連れの家族たちがくつろいでいる。
ここまでママやパパやじーじばーばのことを大切に思ってくれるフードコートはないのではないか。
ちびたちはじっとしていられないもんだ。寝そべったり、転がったり、ゆらゆら歩いてたかと思うととつぜん走りだしたりひとときもじっとしていない。正しい子供たちはそんなふうにできている。ベビーカーが置けるスペース、サークル状の角がない安全設計で周りの人たちも大事そうに見守ることができるようになっている。


混雑するフードコートにこれだけのスペースを割くということは経営者側の経営効率という点では非効率かもしれない。
それを体を張って押し切ったであろうプランナー、そしてそれを受け入れるだけの懐の深さと先見性を持った経営者サイドに敬意を表する。
どんな方がこのようなやさしいレイアウトを描いたのだろうと思ってしまった。

地元の人気店を集めて話題や行列をつくるのも大切だけど、こうした手のかかる子連れのママたちへの配慮というか心遣いにこの施設のコンセプトや設計思想を感じることができて、すがすがしく晴れやかな気分になった。2019.2.27~28
平日にもかかわらず、大行列ができていた。松戸の「とみた
「つけ麺」が「超」人気らしい。


千葉に、というより房総に足を運ぶようになったのはつい6年ほど前からでそのうちの5年間は北九州なので実質的にはこれからということになろうか。九州の「焼酎」ともども「房総」のよさをわかろうともせず知ろうともせず過ごしてきた月日が悔やまれる。


うまくた」はひらがなで書かれているが「馬来田」。JR久留里線「馬来田」(まきた)だけど万葉集由来の地名らしく「うまくた」。馬が来る田んぼ。対岸の川崎や羽田とは対照的な
田んぼとなだらかな山々の続く「里の駅

「うまくた道の駅」のおしゃれなレストラン「&TREE
  • 女性向けの食事処で照れくさい
  • このかわゆい字体からしてこっぱずかしい
  • この盛り付けがおやじと不釣り合い
  • たまらず近所のスーパーのお惣菜を仕入れにいく
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家の建て替え~「さくらんぼの木🍒」のばあい~

2019年3月8日 早朝 満開となった。子供たちとともに成長し30年近く毎年私たちに春を告げてくれた桜の樹だけど、建て替えのために、、、、、(ToT)/~~~

お前はなんも悪くない、、、
いちどは朽ちかけてもうだめかと思ったこともあった。
庭がぱぁっと白く明るくなり、蜜を吸いに可愛らしいめじろのつがいがやってくる。あの子たちの夫婦はほんとに仲良しだ。

おやじは小学生のがきのころ「霞網(かすみあみ)」といううぐいすやメジロを獲る網を仕掛けてつかまえて飼っていたことがある。マリア保育園の丘の斜面の小鳥たちの通り道に網を張る。
「とりもち」、というのも使った。「かすみあみ」は違法で禁止されているのだが50年以上前には北九州、黒崎の商店街の入口(というか出口)に網を売っている店があった。
捕獲してすぐの小鳥はものすごくデリケートで、かごに入れた後暗くせずに夜中に部屋の光がもれていたりすると翌朝死んでしまったりした。
何羽か飼い方を知らず、そうして犠牲にしてしまった悔悟の念から、それからは罪滅ぼしでメジロにはやさしく接した。
枝にみかんの輪切りを刺してやったりしておいしそうに果汁を飲むのを眺めたり。
26年前、娘が5歳のころまだ、こんなにちび桜だった。
上石神井のオザキ・フラワーパークで苗木を購入。
生命力にあふれ力強く枝が伸びて将来大物になる予感がしていた。

できることなら一緒に引っ越そう。桜の意見も聞いた上で、できなければ建て替えは中止だ!