それにしてもすざまじい煙突の煙。
桜島?浅間山の噴火?
当時は煙突から立ち上る煙は繁栄の証で誇りでもあった。
死の海洞海湾にやってくる貨物船は硫酸でスクリューがやられてしまうと入港をいやがったといわれている。大気汚染など環境問題も深刻化していたけど八幡製鉄所の協力のもと新生北九州市が音頭を取って音頭にまでしてしまった。
煙のことを「くれない染めて」と戦時経済をおもわせる賛美。
「100万のこころはひとつ」と謳ってはいるが無理やり合併したそれぞれ強い個性をもつ5市のおもいばらばらだった。
高校時代は洞海湾の西の端から東の端まで今は姿を消した路面電車で通学していたから、まさに七色の煙にまみれた高校生活だった。
中学の悪友たちはそれでもあきたらず煙草までふかしていて黒崎の町は紫煙でくすぶっていた。
製鉄所の跡地はいま西日本最大のアウトレット「ジ・アウトレット・やはた」(おいらの仮称)がオープンすることになっている。
3年もてばいいと、予言する。かつての100万都市だけど購買力という側面からの実体経済は60万程度だと経済評論家のはたぼー氏は断言する。
それでも洞海湾を離れ広大な埋め立て地に移った工場群からの煙はいまでもきつく、鼻をつく。
小学生まで踊らされるしまつ。
2021/6/13