わざわざ遠くにいかなくても近所の公園まで歩いていけば散歩がてらにお花見ができる。
この通称「ボート池」そばにあるお客さんのマンションに書類をうけとりにいく。
練馬屈指の高級住宅街に住んでいる。
いつも豪邸にどんな人が住んでいるんだろうと思いながら歩いていた。
野心も出世もお金への執着もなくあきれるくらい無欲なぼくでも散歩ならできるわい。
いい季節になってきた。「R」や「K」をペダル漕ぎのあひるボートに乗せてやろうかな。
そういえばカヤックも処分してしまったし、ずいぶんオールを漕いでないなぁ。
そうだ、あの幼児たちには「お池にはまってさあたいへん」がどんなことか、どんなふうにたいへんなのかを教育的観点からどんぐりになって体験してもらおう。そぉっと背中を押してみながら、、、
その昔、うちのあほ犬「ごろんた」を散歩させているときなにを血迷ったかごろんたがあひるをめがけて坂から猛ダッシュして勢い余ってずぼーんとこの池にとびこんだことがあった。
周りの人はあふあふもがくワンを指さして大笑いで、
ぼくも「あいつ、あほやな、どこの犬やねん」といっしょになって笑った。このずぶぬれのあほわんとはいっさいのかかわりがないこと、ただのとおりすがりの散歩する人であることをしらーっと装うためだった。
なぜか金がからむときは「関西人」になりすまし、すごみが必要なときは「筑豊の川筋の男ふう」にもなった。「広島やくざふう」がいいか「関西なんでやねんふう」がいいかはそのときそのときの状況に鑑みお好み焼きのように使い分けた。
海外旅行中に困ったときは始末の悪い、行儀の悪い「中国人」になるのがいちばんてっとりばやかった。
いまだったら残虐非道のロシアをかばう品位のない人民共和国だから罪悪感もない。
筑豊田川出身のはたちそこそこの職場の後輩の女の子がいた。東京九段会館の福岡県人会の会場にいたその子はそこらのアイドル顔負けの美人だった。(どういうわけだか筑豊には美人が多かった)
ところが怒らせたら「極道の妻たち」以上に豹変する(口汚くののしる現場に遭遇した後輩からの情報)と知り、まちがってもすごみをきかせてしまい高島礼子にさせないように気をつけた。
それでも好奇心のかたまりだったぼくは「怒ったらこわい人」を怒らせてみたいときもあった。どんなふうに怒るものなのかみてみたかった。
ともあれ当時からあたりをうかがいその時その時の場の空気を読み都合よくそれでいて不器用に立ち回るいやらしい性格だった。
石神井川はその両岸にみごとな枝ぶりの桜を並べて春を待つ人たちの歓声を集めながら隅田川に向けて流れていく。