驚異的なTBSの長寿ラジオ番組。よく聴いたな。
昭和30年、40年代の日本映画になくてはならない怪優。
もう廃刊となっているためこれまたアマゾンの古書店で小沢さんの文庫本をまとめて取り寄せる。
1冊18円、90円、30円、41円など5冊。
これに送料が240円とか257円とかショップが違うからそれぞれかかる。
すごい商売が成り立つものだ。
小沢さんは東京生まれで少年時代を蒲田ですごしている。
写真館の息子で、当時は進学校ではなかった麻布高校、そして海軍兵学校(予科)、「のほほんと」早稲田と進み演劇や舞台に没頭していく。
詐欺師、キャバレーの支配人などひと癖もふた癖もある変幻自在で人をくったような怪しい役柄をこなす麻薬的な役者だ。
令和の時代にこのような俳優はでてきようがない。
こんなエッセイがある。
「私の好きなことばに、『人の行く裏に道あり花の山』、
こりゃ忍者的な喜びですね。偏屈、ヘソ曲がりなんていわれることもありますが、私はできれば横丁、裏通りをたどって歩いていたい。
そして、そういうところに住みたい。
でも、あんまり裏へ入っちゃうと、陰気になりすぎますから、表通りの喧騒がかすかに聞こえる一ッかわ裏通りがいいですね。」
イッセー尾形は多分に小沢さんの影響を受けているのではないかと思った。この方もいい役者だ。
芦川いづみこそ裕次郎と一緒になってほしかった(ToT)/~~~
子供らにはいえない役が多く、家でセリフをおぼえるのが憚られた、という。
そういえば金馬師匠は釣り好きが昂じて、落語の高座をすっぽかして釣りにでかけてしまうことがあった。
「1954年2月5日、千葉県佐倉市へタナゴ釣りの帰りに総武線の線路を歩き、鉄橋を渡っているときに列車にはねられそれが元で左足を切断する。奇跡的にも一命を取りとめた金馬は放送の約束が気になっていたのか、病院の手術台で麻酔が効き始めると『野ざらし』を一席うかがう[2][注釈 2]。半年後に退院し、高座にも復帰したが釈台で足を隠しての板つきであった[2]」Wiki
客もよくしたもので「金馬のやろう、また釣りにいきやがったな!」「
しょうがねえな、まったく」とぼやいておしまい。
型破りで、破天荒なほんものの芸人たちが時代をもりあげていた。