プレゼン資料を携え、幸区の資産家のお宅に向かう。川崎駅から友人のメルセデスで送迎してもらう。
ご家族にとっていちばんいい選択ができるよう3つのパターンを用意した。作成にかなり時間を要したけれどいいものができたと思う。渾身の作というやつだ。
京急川崎駅前界隈は大衆酒場の聖地である。東芝や日本鋼管の城下町でかつては工員さんであふれていて、立ち飲み天国だった。もちろんいまでも健在だけどビルに改装したりで昭和の風情そのままというのは数少ない。
この界隈は小中学生の頃の「黒崎」という活気のあった町の雰囲気と似ている。もちろん京浜工業地帯のど真ん中だからその規模は何倍も大きい。周辺はあの治安の悪さ首都圏イチの誉れ高い?「堀之内」が控えており、背後に「川崎競馬場」、「川崎競輪場」とこの上ない環境となっている。多摩川の河口で軍需工場があり空襲で焼け野原になった。
まず、目に入った竹にさした暖簾とメニューの看板に魂をもっていかれる。
割烹着のおばあちゃんがよろよろしながら注文をとる麺類の部とご飯ものの部からなる定食屋である。
このように「中華の部」や「洋食の部」、「飲み物の部」とメニューが分かれて「事業部制」をとっているのが(いまでいう決算報告書のセグメント別表記)いい店を見分けるときの指標とみてよい。
店に入るとお昼時とあってテーブルほぼ満席でわんわんしているが、お昼を食べにきた客というより「お昼に飲みにきた」客ばかりである。
どうやら「食堂」ではじめたはいいが、図らずもか図ったのかわからないがのんべいに乗っ取られた「食堂居酒屋」のようだった。
のんべいに寄り添いすぎた10時オープンの食堂だった。
禁煙席があるということは煙草はOKで、レシートはもらえずテーブルで会計をすませる。
見てほしい。
「お飲物の部」のありえない光景を。
ビールは大瓶のみ650円、日本酒も「大」のみ、という潔さ。
「いいちこ」なんかの焼酎はこれも基本、ボトル注文がメイン。
絶滅品種となった「生ビール」大ジョッキが800円。
昔見たことのあるほんもののどっしり存在感のある「大ジョッキ」。
店内はざわついているが落ち着く。
1時間ほどしゃべりづめで喉が渇いていてビールが沁みる。これから長いお付き合いになるご家族のおかげでこの店にやってくることができたことを感謝しつつ。
いい店の特徴でここにも「あまり出世とは縁のなさそうなおとうさん」が多い。隣は夜のご商売らしいおばちゃんと気の毒なほどの気弱でくたびれたおとうさんだった。
ただ、買い物帰りの3人組の上品なご婦人たちもやってきて生ビールおかわりしながら「おやじ」している。この手の店では見られない光景で幼いころからのなじみかもしれない。
奥が、懐が深い。
黒崎の「えびすや食堂」と、山手線鶯谷駅前の「信濃路」と同じ路線を走っている。
違うのは開催日の競輪競馬帰りのおやじや堀之内系の流れ弾が飛んでくることだろう。
ロンドンにいったとき、地下鉄でわざと郊外の住宅地でもなんもない、ベイエリアの工場街の駅に降りてみて、どうせなんもなかろうと思いつつ工場街を歩いていたらレストランではなくこんな食堂があった。
ロンドン子ってこんなにビーンズが好きなんだと思えるくらい質素なメニューのダイニングでやはりここいらで暮らすのは無理かもと思ってしまった。
川崎駅の西口は東芝跡地の大規模開発でぼくの手に負えない未来都市に変貌した。