これを中村吉右衛門がやった。衛星放送にて。
「十年以前櫛かんざし巾着ぐるみ意見をもらった姐さんに、せめて見てもらう駒形の、しがねえ姿の土俵入りでござんす」
この名せりふにしびれた。取手の宿の「我孫子屋」の酌婦をやっているお蔦のところへ親方にみはなされて無一文で巡業先から江戸へ帰る吉右衛門演ずる「取的」(下級の関取)が通りかかる。
そして仔細を聞いたお蔦が櫛かんざしや利根川を渡る船賃を彼に与える。
関取は駒形茂平衛となって10年後にお礼をいいにお蔦を訪ねてくる。
10年のあいだにお蔦は船印彫士辰三郎のあいだに女の子をもうけるが、辰三郎は賭場でいかさまをして金を奪い追手に追われている。
そこに茂平衛があらわれ、追手との立ち回りの末親子三人にきんすをわたし逃してやる。
そこで茂平が桜の木の下でつぶやいたのがこのせりふ。
酒浸りの酌婦と、親方に愛想をつかされている無一文の男、が10年という時を経て再開する。
吉右衛門がお蔦の情けが身に染みて涙する場面、
そして茂平衛のお蔦の恩に報いる「土俵入り」を果たした晴れ姿に、それを演じた中村吉右衛門に拍手喝采を送るのだ。
3年前に亡くなった吉右衛門さん。というか鬼平さん。
みごとな男っぷりと、演技のふかさ。
この舞台で意外な小物が使われている。
「しごき」(扱帯)
お蔦は2階からこれを使って茂平衛に
櫛かんざし巾着ぐるみ
をわたす。
このことらしい。
いまでは「志古貴」。
成人式の振袖のときにも使われる。
お蔦と茂平衛が両手をつないで受け渡したように見えた。
この「初演」のときお蔦は歌右衛門の長男福助だったが、2階で肘をだしたはずみであやまってこのしごきを屋根に落としてしまった。それを福助はとっさにそばにあった三味線の「天神」(糸巻のついている上棹)でひっかけて、何事もなかったようにとりあげたと、六代目尾上菊五郎は感心している。
そういえば半沢直樹のシリーズでは歌舞伎役者の名演技が光っていて格の違いを見たようだった。