
これくらい予習しとけば大丈夫だろうとたかをくくっていた。
じっさい幕が開いてみると登場人物が誰かはわかるが、文語体というわけではないにせよ、なにをしゃべくっているのかちんぷんかんぷん。江戸時代の作品なれば、少しは理解できそうなものとなめていた。
「能」もそうだけど、英語字幕の方がまだましなくらい。

わかりやすいあらすじならば理解もできよう。
休憩をはさみ3時間のこの演目は登場人物の思いや覚悟があの場、この場で錯綜してにっちもさちもいかず、立ちはだかる「言葉の壁」で消化不良を起こし、後味の悪いものとなった。
特段難解な演目というわけではない。

西新宿、初台の新国立劇場の中ホール。
後ろの座席のおじさんもいっていた。これくらいの箱の方が芝居小屋みたいでいい、歌舞伎座は大きすぎる、と。
まったく同感。
帰り際、消化不良を解消するために、今日の出し物の小冊子を購入した。






なにも吉本新喜劇のようにわかりやすくとはいわん。
はじめからこの冊子で下準備していればあの場面のあの表情あのひとつひとつのふるまいが、自分のものとして理解できていたのではないか。
なにをいっているのかわからん状態でこれらのシーンを味わいなさいっていわれてもねぇ。
筍を掘り起こしたのかと思ったら、「軍法の奥義」の一巻とは。木箱に入った筍でへんじぁねって思ったわ。