
諏訪大社4社のうち最古の神社であるといわれている上社前宮
古事記、日本書紀(あわせて記紀と呼ぶらしい)
(『古事記』は712年、『日本書紀』は720年というように、いずれも8世紀のはじめ AIによる)
神話がらみのその時代のものゆえ実際どうだったのかはわからない。
じつは史実についても登場人物にしてもこれまで信用してこなかった。


建御名方命(タケミナカタノミコト)が祭られている。
出雲の大国主命の次男、つまり皇太子にあたる。
出雲での戦いに敗れ、諏訪に逃げてきた、という。
これまで諏訪や蓼科には数えきれないくらい訪れてはいるが、あの7年ごとの「御柱祭」にしても巨木に乗って山から一気に滑り落ちる危険な祭りにはなんであんなことするんだろうと不思議に思っていた。
祭神が出雲の人?人かどうかわからんが、ということも知らず。
祖父も両親も出雲の人で、つまりぼくは出雲の神様の悪口陰口、誹謗中傷はぜったいにできない子として生まれた。
だから、表向きは出雲の神様を崇敬し、どうせ神話の世界だからにわかに信じるわけにはいかんな、という疑念を持っていることはおくびにもださずになんとかやってきた。
仏陀は実在の人ゆえ、まだわかる。しゃーけど、天照大神とかになるとねぇ、、、
さらに、諏訪について首を突っ込んでいくと、とりかえしのつかないことに。
