2018年5月28日

女優 芹明香

せりめいか。1954年出雲市生まれ。出雲高校退学後、家出。荒木一郎にスカウトされ東映作品でデビュー、その後路線転換した日活に移り叛逆のミューズ(女神)となる。

池袋「文芸座」でのトークショーで彼女のことを語る75歳の東映関本郁夫監督。両隣は「女優 芹明香伝説」の編者。2018.5.27

私たちが悶々としていた高校生のころ、芹明香は「やさぐれ姐御伝 総括リンチ」(1973)でデビュー。「恐怖女子高校不良悶絶グループ」など叛逆のミューズ(女神)となる。そして「四畳半襖の裏張り」(1974)など、映画館の前を我々が顔を赤らめ下を向いて通り過ぎた作品の主演を務め、大島渚監督「愛のコリーダ」(1976)と続く。

関本さん(1942年生)は同じく1973年の「女番長 玉突き遊び」が初監督作品。アウトロー、裏社会、性風俗などの社会の底でうごめく人たちを女性の情念を軸に描いた作品が多い。「極道の妻たち」シリーズをはじめ、作品のタイトルにも、タイマン、番長、渡り鳥、パニック、激突、脱走、浮世、監禁、緊縛、極道、はぐれ、さすらい、といずれの作品も退廃的で反逆と暴力に染まっている。監督には文芸作品、明るく輝く青春ものは興味はないのだろうかと思っていたら、溝口健二を尊敬しているという。

J-comの「東映映画チャンネル」の任侠もの好きが昂じてようやく芹明香にたどりついた。

渡哲也(安来出身)第一回主演作品にも池玲子とともに出演している。


保守的な出雲の名門高校を煙草とお酒を出す店でアルバイトしていたため停学、そのまま退学処分となった。大阪天王寺の定時制高校に1年間(これが代表作「㊙色情めす市場」に生きる)、その後モデルやストリッパーになって奔放に生き、映画に、女優に、日活に居場所を見つけた彼女に(日活も彼女に新たな時代の方向性を託した)同じ出雲地方出身の私は興味を持った。およそ「奔放」など許されない、あの灰色の重たい雲が垂れ込める冬の空と閉鎖的な人たちとの暮らしの息苦しさに。

監督は「撮影中、明香が京都河原町の高島屋の前でとつぜん放尿したのでまわりを囲んだりしてほんとに困った」とエピソードを語っていた。本人からのメッセージもとどいている。(ありきたりなメッセージなので省略する)

お二人とも持って行き場のないやるせなさを性のからみあいとどうしようもない暴力でもって憂鬱で空虚な空気を切り取ったあの時代にふさわしい女優であり監督なのかもしれない。ニヒルでなげやりな荒木一郎も池玲子や芹明香の中に自分自身を見つけたのではないかとも思った。


池袋の名画座「新文芸座」は京都のパチンコグループマルハンの創業者が大の映画ファンであったことから経営難に陥っていた「文芸座」を引き継いだもので、銀座の並木座とともに毎回しぶい切り口の特集を組み、なかなかお目にかかれない貴重な作品を上映している。20代から仕事帰りにこの薄暗くうらぶれた映画館に通ったものだ。

1F2Fがパチンコ・スロット、3Fが新文芸座。映画館の赤字を遊戯場で補っているのではないか。文化、地域貢献事業としてやっているのだと思う。会員証を更新する。6月からは「舟木一夫」、「梶芽衣子」特集。当時17歳の内藤洋子のおでこが愛らしい。


 

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