およそ半世紀にわたって蓄積された家財。仮住まいへの引っ越しは「建て替え」での天王山、最大の山場、関ヶ原の戦い、ノルマンディー上陸作戦で処分するものを仕分け選別するところからはじまる。
その中でも「仕分け」がもっとも困難で思い出と戦いながら一歩ずつ匍匐前進するような作業だ。
まず、おばあちゃんとの思い出が和ダンスとなって我々の前にたちはだかる。
「婿入りしたと同然の」おやじにこのたんすをどうするか口だしができるわけはない。
処分したいのはやまやまだけど「ご親族でよくおはなしされてお決めになればいいことですわ」と逃げる。
妻はこの和ダンスに「古民家風店舗、居酒屋」などでの第二の人生を送らせたいと思っている。
引っ越しのさいのかたづけ、処分でもっとも大切なことは
「よけいなことを考えず、目に留まったものは迷わず処分にまわす」ということでいっさいの思い出、目に浮かぶ情景をばかになったつもりで遮断するよりほかはないということだ。ばかにならないといけない、ということだ。
かたづけをしているはずの妻の部屋が静かになることがある。動きがとまっているのを不審に思い扉をあけると、
しみじみとアルバムを眺め、思い出のお風呂に浸かっている!
まだ周りが畑で亡き姉と過ごした幼少のころ、となりに住んでいた太郎ちゃんのこと、修学旅行のこと、、、同級生のあの子はいまどうしているだろう、、、連絡してみようかしら、、、
「アルバム」は引っ越しにとって最大の敵で「道路整備事業で立ち退きを阻む手ごわい民家」だ。
東京オリンピックのとき、「五輪おんど」を踊っている。
ブルマで踊る姿に「へんなたいど。おっぱずかしい」と添えられている。「すてきでしょ?しょっちゃってる」シーンもある。
妻はかたづけは「こないだの10連休が4回くらいないとできない」といっており、まだぼけてないと安心したのだった。
これらの写真をみたばかりに友だちの電話番号を調べたりしはじめたら最後だ。そしていま現在自分の置かれている状況に立ち返りわれに返ればいいのだが、もう一冊のアルバムを手にとるようなことでもあれば6月26日の予定日にサカイ引越センターさんにご迷惑をかけることになる。
2階の201号室をお貸ししているお向かいさんのおじょうさんは着々とかたづけをしている様子であわただしい動きがみてとれほほえましい。うちでまともなのはこのおじょうさんくらいなものでほかはなにかしら問題をもっている。
その筆頭は福島に住む甥っ子が東京に来た時の滞在用の202号室で、「床がみえない」部屋だ。この部屋を視察した時、4.5畳の物置コンテナを借りる予定だったのを8畳に変更した。
そういえば用事があってドアを叩いた時、顔はだすがドアをぜんぶ開けずかすかに中の様子がうかがえるくらいしか見えなかった。部屋を覗かれまいとするかたくなな意志を感じていたのだ。
その開かずの部屋に立ち入って「この部屋でいったい何が起きているか」の現場検証を行った。そして散乱しているごみではないがごみに限りなく近い衣類、雑貨、台所用品アンプ、楽器などの山々に片付けようとする当人の意志が欠落していること、このごみたちのことを引っ越し間際になって「片付けが間に合いませんでした」とぽりぽり頭をかきながらあいつは笑ってごまかすであろうこと、そしてこのごみの山の始末はおやじの細い腕と弱った足腰にゆだねられていることがはっきりしたのだった。
「死体がなかった」だけでもよしとしなければなかろう。
おやじには「アルバム攻撃の妻の部屋」、「甥っ子の床のない部屋」、さらに「進捗状況が判然としない床のない部屋予備軍のおにいの部屋」の重圧も加わり、お昼ごはんは「すきやのうな牛」にすることにしたのだった。
2019.5.31