道の駅 南房総「和田浦」2021/6/2

関東の梅雨入りをなぜ頑なに発表しない、とすごんだおいらでしたがこのとおり本日の太平洋の空は青く高く、澄んでおります。軽井沢の逆恨みをしてしまい気象庁さまにはたいへん無礼非礼をしてしまいました、、、
早朝出発すれば山手トンネルを西池袋から潜ると羽田空港まで30分で着いてしまう。

仕事を終えてひと段落つくと、それまで静かに体の中で潜伏していたヘルペスのようなウイルスがうずきだし海を見に行けと命令する。

もともと半島の@突端趣味があったおいらには発症したときの行き先におてごろなのが房総半島でアクアラインを抜け製鉄所の町君津をすぎれば、とつぜん千葉はほんらいのただしいのんびりした田園地帯に景色がかわり、漁師さんたちの姿もみられるようになる。


勝浦、和田浦あたりは古来から日本有数の捕鯨基地で宮本武蔵に「退治させられた」こともある。

歌川国芳

なもんだから、ここの道の駅は「くじら」で攻めまくっている。

レストランでは定番の竜田揚げなど小学校の給食風の定食もあり、クジラジャーキー(くじらのたれ)、しぐれ煮、ベーコン、刺身、缶詰が勢ぞろいしている。


ただ、その猟は「つちくじら」を銛で突いてとる、というやりかた。

つちくじらはこんなかんじのかたたち。

顔はまぎれもなくイルカで愛らしい。
そのままイルカのままでいるつもりだったのが食べすぎたせいか下半身がくじらになってしまったのではないか。体長は12メートル体重は12トンという。銛を撃ち込まれると真っ逆さまに潜っていきその猟は命がけだったそう。

伊東マリンタウン@伊豆地魚寿司「伊豆太郎」でのまんぼう生食い事件の記憶も生々しく、このつちくじらさんの愛くるしい姿にまた古傷がうずいた。

ご幼少のころ、ご家庭はもちろんのこと、給食でもくじらまみれの食生活をしていたからもはやわたしの体の一部はくじらで構成されているといってもよく、それをいまになってくじらは食べないことにしましたとはいえん。


ところが、南房総あたりではいま地元のスーパーからおみやげやさんでこの生肉がお祭りさわぎで大々的に売られている。

ひみつはわかった。

クジラは漁師さんがとるのではなく、猟師の仕事なんだと納得する。

これはつやつやの生肉。小倉の旦過市場の塩漬け肉がならぶ梶原商店ではお目にかかれない。この和田では年間26頭を限度に捕獲している。

三浦半島および伊豆大島周辺にいるというからあのまんぼうの生息域と重なる。

ふりかけにまでされている。
炭火焼と一口燻製、アヒージョにまで

野島埼灯台

幕府が四か国と結んだ条約をうけてフランス人の技師の指導で明治2年(1869年)に完成した。このフランス人は横須賀に製鉄所までつくっている。

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還暦を迎えてますます円熟味を増す、気ままわがまま、ききわけのないおやじ

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