年金生活者の恐怖

三菱電機のインダストリアルデザイナーだった72才になるおじさんは専業主婦だったおくさんとふたりで暮らす年金生活者である。子供はいない。

自宅の二階はまるごとデザイン工房になっていて趣味の造形制作の仕事場となっている。アキバのボークスに作品を出展していたほどの腕前で、ボークスのロゴもおじさんの手になるもの。

健康で病気もなくガーデニングを楽しみ、悠々自適のうらやましい暮らしにみえる。

2021/9/30 2号店

企業年金もあって基礎年金、厚生年金あわせての3階建ての年金生活者である。

ただ、退職後働いていない。昨年遺産相続、財産分与の関係で相談にいったときに、暮らしについてこうもらしていた。

おじさんによれば退職後はしばらく退職金と年金で「よゆうのよっちゃんだった」という。デビ夫人のようなおくさんだったら別だけどぜいたくとは無縁なおばだ。

ただ、退職後10年以上の時を経て「高齢者となっていつ病気になるかもしれず、自分亡き後の遺族年金ではやっていけなくなる。さいきんでは手元にお金がほしくなった」と。

駐車場には見かけない軽自動車が置いてあった。大学生の時から車を乗り回しあれほどドライブが好きだったおじさんが軽に買いかえたことで察することができた。


そう、おいらも退職後仕事が軌道に乗るまでは預貯金は減る一方だった。

おまけに「長年のお勤めご苦労様の自分へのご褒美」だとかいって自分をお手盛りで甘やかせ、「これくらいいいだろう」生活をしてきた。


しかし、「貯金が減っていく」生活というのは精神衛生上よろしくないストレスそのもので、65才になって満額の年金を受給できるようになったといえどもくいつぶし生活にかわりはない。死ぬまで遊びたいからである。

ねこにゃんたちはエサをよこせといい、車はガソリンを入れろという。練馬区役所は介護保険料を文句を言わずに納めろと催促する。まごたちもじいじとばあばに甘えようと誰が教えたかいつもこちらの顔色を上目遣いにうかがっている。

家を建て替えたこともあり預金通帳の残高が人生のカウントダウンのようで、こんな背筋が寒くなることはない。


やれるかぎり働こう。請求書を書こう。

働いてそのぶんで遊ぼう。枯れ木のような生活にはすまい。貯金はしなくてもいいけど減らさない。ただし、ある先輩のように現役にもどって稼ぎまくるあわただしい毎日だけにはしたくない。

チャップリンではないけど人生に必要なのはMuch MoneyではなくSome Moneyなのだから。


友人は一部上場企業退職後、そのまま義務的再任用となりこのあいだ65才で雇用契約満了となった。一時はがんで死にかけたがしぶとく生きてやる気にあふれている。

仕事もでき人望もあり引き続き契約社員として採用されることになった。ただし最低賃金でのパート社員としてである。

小倉の旦過市場の角打ち「赤壁酒店」で耳にしたのは「フルタイムでも高齢者は北九州で月に20万以上の給与はありえない」とのことだった。


おいらより2年早く自営業デビューした同業の仲間(通称:剣道7段)はいくつか仕事がはいるようになって昨年「貯金が減らなくなった」と笑っていたと思っていたら新宿の南口に事務所を構えていた。これからお酒もって情報交換にいってくる。

2021/9/30

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作成者: user

還暦を迎えてますます円熟味を増す、気ままわがまま、ききわけのないおやじ

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