「金鍋」の駅・若松ー102 2021/12/14

料亭「金鍋」

石炭景気に沸いた若松に小倉から明治28年に移転した高級料亭。

すき焼きではなく文明開化の「牛鍋」を九州ではじめて始めた。


「吉野家」や「松屋」だとさわぐおいらにはまず縁のない鍋だと思っていた。縁がなくてもべつにいいやとも思っていた。

「花と竜」の火野葦平が愛した店でもある。

それが、、、、

「花」の間に通され、

「花と竜」のモデルとなった玉井金五郎の甥にあたるサッカーJ3ギラバンツ北九州の代表である玉井行人さんにごあいさつ。


そして、若松美人に、

(北九州では太った女の子はみかけない)

「あーん」は別料金。

すき焼きじゃないから、ごちゃごちゃ野菜はいれない。


おそらくこれは岡崎の「八丁味噌」であろうと尋ねるとそうだという。

甘く、もっちり濃くて重たい味噌。

ぼくは黙ってしまい、だんだん口数が減ってきた。

期待が失望に、失望が絶望にかわり、味噌が泥に見え、高級黒毛和牛がオーストラリアアンガス牛のさいころステーキのかけらに映り、盛り上がろうという気持ちがしぼんできた。


焼肉でたべたい。塩かしょうゆで。

できるなら、炭火で。ごった煮なんかしないで。

どうか味噌まみれにしないで、

文明開化しなくてもいいから、

お願いだからと祈るような気持ちで。

このまま肉をもってこの子を連れてかけおちして近所の焼肉「平和食堂」に場所を変えたいと思った。


これは明治のはじめ横浜伊勢佐木町で「太田なわのれん」がはじめた「牛鍋」を忠実に再現している。

横浜牛鍋元祖・太田なわのれん (ohtanawanoren.jp)

ぼくは甘いものが苦手で、ケーキなんかをおいしそうに食べている青年なんかみかけると「ふざけるな」といいたくなる迷惑じじいである。

あんないい牛肉を、よりによって甘ったるい味噌まみれに煮込みやがってと、しだいに笑顔が鬼の形相にかわっていった。

牛さんもできれば備長炭で焼きすぎに注意しながら焼いてほしいと悔しさをにじませている。


ただ、「金鍋」は老舗の高級料亭であって、若松美人がとなりでかいがいしく慣れない手つきで鍋をつついている。吠えたくなっても女将を呼ぶわけにもいかない。


ようするに、江戸時代までは牛肉を食べることは禁忌であった。農耕用の牛は飼っていても「肉牛」の飼育はされていなかったと思う。

それが文明開化で欧米人のまねをしていただくことになった。

いただくには肉のままではいかがなものかと、「味噌で煮込む」ことを思いついたのではないか。

ただの味噌ではなんかこう、みそ汁風になってしまうからと肉にからみつく「八丁味噌」が選ばれたということではないか。


だから、バカボンのパパの「これでいいのだ」ということになる。

料金には施設使用料、笑顔料、おかみの挨拶料、お帰りのさいのお見送り料、若松を元気にするふるさと支援金、文化財建築保存支援金が含まれているということになろうか。

高倉健や鶴田浩二、佐久間良子もきたであろう月夜に浮かぶ妖しげな料亭。

料亭金鍋|創業有余年、老舗の伝統と味を守る北九州市若松区の割烹料亭 (kinnabe.com)


そして自走式高級宿泊施設へもどる。

1時間ではない。24時間で400円。

円の価値が違う北九州。

2021/12/14

投稿者:

user

還暦を迎えてますます円熟味を増す、気ままわがまま、ききわけのないおやじ

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください