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道の駅3 西伊豆 「くるら戸田(へだ)」

5月の早朝のおだやかな戸田港。

JSA (社)日本船主協会のサイトの記事

「安政元年(1854年)11月に起こった安政大地震による津波で、折りしも日露和親条約締結交渉のために伊豆下田に碇泊していたロシア使節プチャーチンの乗艦ディアナ号が大破。修理のために君沢郡の戸田に回航中に沈没した。
 酷寒の海に投げ出された約500人の乗組員は沿岸の漁民たちが総出で救出し、ロシア側に大きな感銘を与えた。こうした信頼感もあってかプチャーチンは幕府の許可を得て戸田港で帰国のための代船を建造することにした。(戸田号)
 これに大いに協力したのが開明派の代官江川太郎左衛門。本格的な洋式帆船の建造技術を習得する絶好のチャンスと近郷はもとより江戸からも優秀な船匠や鍛冶を呼び寄せた。
 設計と監督はロシア側が行ったが、艤装用金具から塗料まですべて現地で作ったため技術習得の成果は実に大きかった。」

戸田を修理地と定めたのは下田では英仏の軍艦と遭遇する恐れがあったためで、津波は11.6mと記録されている。この小さな入り江に「戸田号」を建造するため3カ月滞在したロシア人たちは7カ月後に首都サンクトペテルブルグに到着した。

道の駅「くるら戸田」にはこのディアナ号にまつわる展示コーナー、世界一の蟹「たかあしがに」や深海魚を紹介するブースがある。

            タカアシガニ   撮影協力 はたぼー水族館

道の駅選択のうえで大切なのは清潔さ。かけながし温泉も併設され、トイレもホテル並み。断崖絶壁を縫うように走る県道か1,000mからの達磨山の山越え、アクセスの悪い西伊豆ならではの喧騒とは無縁の静かな駅。評価は

 

子供たちが幼いころの夏休み、旅館「ときわや」でその海の幸に感激したこと、お祭りや花火を楽しんだことを思い出す。

白州道の駅で汲んだ天然水で目覚めのお茶をいただく。お茶は浜松SAで手に入れた静岡のでたばかりの新茶というこだわりよう。

沼津に向かうにつれ富士山が大きくなってくる。大瀬崎。山裾まで全身たっぷり稜線をひろげた景色が富士のなかでは一番では、と思う。山梨の人たちは自分たちからの眺めが正面だというけれど、それはそれで息を飲むほどの美しさではあるけれど。

大瀬崎は雲見と並びダイビングのメッカ。3月に潜ったとき浮上したら雪がちらついていたっけ。

作成者: user

還暦を迎えてますます円熟味を増す、気ままわがまま、ききわけのないおやじ

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