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4時9時生活のすすめ

理想は朝4時に起きて、夜は9時に寝てしまうという生活です。床に就く9時前の2時間は飲食をしません。でぶるからです。腹が出るからです。中年のおやじのかえるのようにぽっこりまるくふくらんだ腹をみるとやるせなくなります。だれも望んでそうなっているわけじゃなく、仕事に追われ、ストレスだらけ、不規則な生活の結果でもあります。あきばを歩いているリュック姿の二十歳そこそこの若者にすでにこのかえる腹体形が多くみられるのは悲しいことです。脂ぎとぎとラーメン大盛りメガ盛りや油まみれのハンバーガー生活だからでしょうか。


「安曇野 翁 」 2018.9.5  「翁」の名をうたう店だからいってみた。これは運ばれてきてすぐの「おろし蕎麦」と「いなか蕎麦」。見ての通り蕎麦がくたびれてぼそっとしている。茹でおきだろうか。出前でとったような水を吸った緊張感のない蕎麦だった。あの名店「翁」の系列とは違うのかもしれない。「ざんねんな蕎麦たち」。時にはこんなこともある。期待のし過ぎは禁物。

とすると夕方7時には夕食を終えなくてはなりません。料理が好きで出かける用事のないときは妻と長男の分まで食材を買い出しにいきます。ない腕を振るうため調理に時間がかかります。現役の時は土日休日のみの営業でしたが引退して隠居暮らしをはじめると不定休となりました。客は定年後地域のボランティアをしている妻と会社員の息子で、いつも夕食の用意ができていると嬉しそうにテーブルにつきます。独身の息子はお昼はコンビニ弁当などですませることが多く、「おやじがつくる夜の食事がたのしみ」といいます。おっかあは家にある材料でえいやっと魔法つかいのようにすばやくつくってしまいますが、私にいわせるとしみじみおいしいと唸らせるものは苦手です、というか唸らせようという熱意が薄いのかもしれません。思うにプロの料理人にはこの「うまいもんをたべさしちゃる」という信念と決意、おいしいと言ってもらった時に心から幸せを感じることができる感性が必要です。包丁とこの感性はつねに磨きをかけておかねばなりません。妻は下茹でしたりあらかじめひと手間かけることはあまりせず、料理の工程数も少なくざっくりしています。ずっと長いことフルタイムで仕事をしてきたので無理もありません。帰宅するなり限られた材料と時間で食事を用意し、二人の子供たちに食べさせ、あとかたずけまでしなければならないからです。さらに洗濯などの家事は一日も待ってはくれません。感謝こそすれ不平不満などあろうはずがありません。じっくりタイプ、ささっとタイプ、これは人それぞれでいいも悪いもありません。おくさんもおとうに用意してもらうことに気後れすることもなく総理大臣のように平然としています。それでいいのです。


安曇野 北アルプスの山々 2018.9.5

しかし、彼らにあまりこうした幸せな生活が「やってもらってあたりまえ」と思わせないように、しめしをつけねばなりません。ありがたみをからだのすみずみまでにしみ込ませるために、悪い芽をつんでおくためにふらっと旅に出てやります。それが恒例の「プチ家出」です。でがけに「いつ帰ってくるかわからんと念をおす」のが大切で無限のひろがりを伝えることができます。サラリーマン時代にはいえなかったこのフーテンの寅さんの決め台詞には自分がしびれてしまいます。車中泊仕様に改造した新車は「上野(練馬)発の夜行列車」であり「夜逃げや本舗」の荷車、英語で言えば「Coach」荷馬車でもあります。また、「突然の飲み会にでかける」のも有効ですがたいていは冷蔵庫のホワイトボードにあらかじめ予定を書き込んでおくため織り込み済みで効き目はありません。


安曇野 蕎麦「安曇野翁」 2018.9.5

さてご隠居になって声がかすれながらも時間を自由に使えるようになると、外出の予定のないときはスポーツジム通いをするようになります。会社帰りの人たちで混雑する5時以降は避けます。じじいはもう避けられるものはすべて避けて通ります。都合が悪くなると黙り込むか無視するか死んだふりをします。理想は2時にルネサンスにチェックインし、4時にチェックアウトがいいですね。できれば自転車で雨の日も風の日も。体にたいした負荷はかけませんが「体調管理に余念がなくジムに通っている」ことで自己満足するのです。平日のジムなんて「じじばばお達者クラブ」で、62歳になったばかりの私は「青年部」のかけだしです。

さすがに男子の諸先輩たちは腹もでておらず、世界に誇る日本食を長年正しく摂ってこられたことを証明しているかのようなスリムな体形でおたっしゃです。しゃべくりではおばさんたちに太刀打ちできませんが「立てばかくしゃく座ればぼーっと」しておられます。一方でなかにはダイエットに半世紀くらいかかりそうなご婦人もおられます。このおねえさまたちのなかには痩せたらライザップの佐藤仁美のような復活美人になるだろうなと思わせる方もいらっしゃいます。いけないこととは知りながら今日の渡辺直美、明日の佐藤仁美をついじーっと見つめてしまいます。「ライザップの奇跡」を目にするようになってから女性を見る目がかわりました。世の中にはいまは身をやつしてはいるがの隠れ美人はあまたいらっしゃる、と思います。きっと「まだ本気だしてないだけ」と思います。

となると午後お昼をいただくともうジムの準備をしなくてはなりません。


安曇野 大王わさび農場 大王神社 2018.9.5

現役のときは「通勤」というのが避けて通れませんでした。往復3時間はあたりまえで40年近く出勤について回りました。あれは運動にはなりましたが無駄でした。(しかし、のちのちこの「定期券」がどんなにありがたいものか身に染みることになります)電車に乗っている正味の時間にあれこれ「通勤にまつわる時間」が加わる。自宅兼職場のお医者さんや自営業のおやっさんはずるいと思ったものです。「痛勤」がなくなっただけでどんなにか時間に余裕ができたことか。


安曇野 大王わさび農場 2018.9.5

朝4時といえば外もまだ暗く、車も通らずあたりは静けさに包まれています。窓を開けるとすがすがしい生まれたばかりの「今日」がそこにあります。そして、顔を洗い、無類の緑茶好きの私は南アルプス甲斐駒ヶ岳白州で汲んできた緑茶を何杯もいただきます。茶カテキンの摂取量は上位クラスにはいるでしょう。おおむね午前中のまとまった時間が私にとって1日のうちでいちばん大切な時間帯で、おばかな本を読んだり、新しくはじめた仕事のための難しい本と眉間にしわを寄せて格闘したり、「IT」や「戦記」おたくになったりします。自分の部屋は「聖域」となり「サンクチュアリー」で自分の生活のための環境保護区です。

この聖域の時間帯をすぎると、あとは「余生」で何をしてもかまいません。「一日一生」という言葉があります。幼年期、青年期、壮年期を経て、夕方や夜の晩年を迎えます。晩年は熟年夫婦の豪華客船地中海クルーズのようにただ楽しむだけでもかまいません。とはいえTVをだらだら眺めてすごすのは私にとっては「無駄にすごした」と反省の対象になります。よくJCOMで録りだめた映画をみます。映画はTVと違います。大げさに言えば脚本から、演出、ロケーション、音響、カメラワーク、どれをとっても身を削って大切につくられています。「放映して終わり」でつくられていません。夕食後は映画の時間で血しぶきをあげる任侠ものや戦争もの、ラブストーリーに血をたぎらせ、身を乗り出し復讐に燃え、またある時はほろりと涙し、美しい女優にうっとりしながらすごします。こないだはなぜか尾野真千子と二人きりで旅に出る夢まで見てしまいました。むこうのほうが私に気があるというさもありなん設定でしたがなぜか私が怒られているシーンもありました。大竹しのぶと壮絶なつかみあいをする「後妻業の女」を見たからかもしれません。きれいさときっぷのよさが同居する女優が好きなのかもしれません。高倉健が私に降臨し、のりうつったことも一度や二度ではありません。


こんな生活スタイルになって2年ほど経ちましたでしょうか。友人からの夜の9時過ぎのラインには「もう夢の中におられると思いますが」と前置きされたうえでメッセージが届くようになりました。返信がないからでしょう。不眠知らずベッドに横になれば秒殺で眠りに落ち、目覚めも軍隊の起床並みですぐに軍服に着替え整列できます。

夕食の主食はビールです。体は麦芽とホップと腹黒い内臓脂肪でできているといっても過言ではありません。痛風さんとは3年前休戦協定が成立し、38度線で拮抗していた戦線も、尿酸値が3.8度線を割り込んでいます。いまでは日本とアメリカのように同盟関係となっています。


軽井沢 御代田 台風20号が通り過ぎ青空がひろがる。関西空港が水没し、連絡橋にタンカーが衝突した。2018.9.5

作成者: user

還暦を迎えてますます円熟味を増す、気ままわがまま、ききわけのないおやじ

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