2020年3月19日

はるばるメソポタミアから 宗像大社

国宝の切子玉 メソポタミア伝来 福岡・沖ノ島出土 2020/3/2 6:00 (2020/3/2 9:49 更新) 西日本新聞 社会面 小川 祥平 Facebook Twitter 拡大 カットグラス碗片(右)とガラス製切子玉 拡大 カットグラス碗片(右)とガラス製切子玉 拡大 カットグラス碗片(右)とガラス製切子玉  福岡県宗像市の宗像大社は1日、同市の世界文化遺産「沖ノ島」から出土した国宝のガラス製品についてササン朝(226~651年)のメソポタミア(現在のイラク)伝来とする化学組成の分析結果を発表した。これまで産地、制作時期ともに推測の域を出なかったが、初めて科学的に裏付けられた。  東京理科大、岡山市立オリエント美術館との共同研究。組成元素を調べる蛍光エックス線分析で、円形の突起が切り出された容器片「カットグラス碗(わん)片」と細長い形状で中心に糸を通す穴が開く「ガラス製切子玉」を調査した。古代ガラスはローマ帝国でも作られたが、結果はササン朝の「ササンガラス」と組成が類似。碗片は5~7世紀、切子玉は3~7世紀製であるとした。  碗片と切子玉は沖ノ島8号遺跡(5世紀後半~7世紀)から出土。碗片は類似品などからササン朝由来とされてきたが、切子玉は一切不明だった。宗像大社の福嶋真貴子学芸員は「8号遺跡の年代と大差ない。できあがって間もなく運ばれた」とみる。今後は伝来ルート、祭祀(さいし)上の意味などの研究につながることを期待する。早稲田大の田中史生教授(日本古代史)は「ユーラシアのガラス交易の始点、終点がくっきりしてきた。日本も含めたシルクロードの実態を考える上でも重要な結果だ」と評価する。 (小川祥平)


宗像大社はやはりただならぬ神社であることがわかる。大陸からこの島、この神社を経由して奈良・大和にむかったのであろう。おそらく正倉院のガラスも。

これら宝物をもちこんだのはしかるべき地位にあった人々で国内の戦乱、また宗教的な迫害によりペルシャから逃れてきたのではないか、とみている。そして新天地である日本に落ち着き自分たちの信仰を根付かせた。すなわちキリスト教の一派であるネストリウス派の人たちがギリシャ様式の神殿をつくり。

 

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