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小学校の思い出

中学校の同窓生のWEBSITE管理人をさせてもらっている。すでに還暦をすぎ、卒業から46年の歳月が流れた。サイトの運営方針として、まず同窓生たちの親睦を図ることを第一にそして管理人としてネタがなくさびしいとき以外はでしゃばらずなるだけ黒子に徹することを心がけている。

しかし、ふと出来事を思い返し時には自分のことも話してみたくなることがある。昭和40年ころ、遊び呆けていた小学4年生のころの思い出などすっかり忘れてよほどのことがないかぎり覚えていないはずだがいまでも鮮明に思い出される事件があった。

あの日T先生はいつものように教室に入り、いつものように教壇にすわった。そこまではいつもの光景だった。けれどその日は、あろうことかそのまま突っ伏して生徒たちの前で泣き出したのだ。40歳くらいの(?)女の先生だった。北九州は八幡黒崎の近くのプラモデルやさんが実家でレーシングカーのコースもあり男の子たちは遊びにいったりしてうらやましく思っていたものだ。

長い時間、先生は顔をあげなかった。子供たちはなにが起きたかもわからず、黙って同じように長い時間静かにしていた。そして、しばらくして先生は子供のように泣きはらした顔をあげて口を開いた。

「(同僚の)M先生から今日、わたしに向かって『先生のとこの生徒たちは陰日向がある。掃除の時間のとき先生が見ているときは掃除するけど、見てないときは遊んでいる。』といわれた。」と。「わたしはそれがくやしくてかなしくて」と。言い終えるとまた、突っ伏して泣きはじめた。

いま思えば、M先生は泉ピン子ふうの貫禄のある先生で、ありがちな女教師同士のいさかい、確執もあったのだろうと推察できるのだけれども、「自分が担任をしている組の生徒の行動品行については自分が責任を負っている」そして、「子供たちに向けて発せられた言葉はそのまま自分に向けられた言葉である」というはっきりとした自覚が先生にはあったのだろうと子供ながらに心に刺さった。その情景が脳裏にしっかりとピンでとめられている。

いらい「陰日向」ということが話題になるたびに、あのときの掃除の時間のような状況におかれたときに、T先生のあの泣きじゃくったときの光景を思い出して我に返った。M先生がT先生に投げつけた一言が図らずもT先生がいちばん大切にしていたことに火をつけ、教科書にも、文部省の指導要領にも載っていないこと、つまり「人としてのありかた」を結果的に身をもって教えてくれたということになろう。それは教えようとして教えたものでないだけにほんとうの教えとなった。

2017.11.22

 

作成者: user

還暦を迎えてますます円熟味を増す、気ままわがまま、ききわけのないおやじ

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