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「小泉八雲の文学とその背景」

NHKカルチャーラジオの番組が青山のNHKカルチャーセンターで収録された。講師は小泉八雲のひ孫の小泉凡氏。八雲の長男の一雄氏,その長男の時氏、その時氏の長男にあたる。

2018年6月から開講した13回にわたる講座のうち第10回「「フォークロリストとしての小泉八雲~護符の蒐集をめぐって~」第11回「八雲の文学とその影響①~小村寿太郎、ボナー・フェラーズ~」第12回「八雲の文学とその影響②~柳田國男と白樺派の作家たち~」第13回「文化資源として現代に活かされる小泉八雲」の最終講までを受講した。


松江近在の神社仏閣の「護符」に興味を持ち取集した八重垣神社や美保関の神社の護符をチェンバレンを通じて英国本国に送り、オックスフォード大学の博物館に収蔵されることになったこと、当時の文学者、政治家、芸術家に与えた影響について、小泉家との関りが深かった恩人ボナー・フェラーズとの交流、八雲をいまに活かす取り組みなどが語られた。

今回の講演でも言及されていたように神社の護符は日本人の暮らしの中に溶け込みすぎていて蒐集の対象にもならず、いずれ失われていくであろう極東の民族的な習俗風習を伝えるものとして集めたのであろう。親日家であり八雲の愛読者であった米国陸軍准将フェラーズはマッカーサーの側近として日本の戦後の統治のありかたに大きな影響を与えたが、八雲没後の小泉家、一雄氏と深く交流することになる。フェラーズの未公開のフィリピン紀行文やウォルトディズニーとの映画化を求めた書簡、一雄氏がフェラーズに宛てた段ボールに入った膨大な書簡の発見と入手、ハーンが5キロのダンベルで体を鍛えていたことも興味深かった。

宍道湖 2017.11


八雲のまなざしは先祖から引き継がれた霊的なもの、そして小さく弱くはかないものに注がれた。声高な演説や大げさな身振りからではなく、なにげないしぐさや表情から素朴な民衆の心を、情緒を、息遣いを感じ取り、英語で綴っていった。刻々と色合いを変える宍道湖の夕日を飽きることなく眺め、橋を渡る下駄の音や物売りの声に耳をそばだてた。夫を亡くし悲しみのなかにあってうかべる、西洋人がとうてい理解しえない日本の夫人の微笑の奥に秘めた悲しみを見つけた。(「日本人の微笑」)明治の日本と日本人を妻セツとともに道端で拾い集め、世界に紹介した。


絵双紙屋の売り歩く紙の玩具「お化け行燈」をたいそう気に入りまた蝉やこおろぎなど虫の声を愛した一方で目を患っている少女の父親が病院に連れて行こうとしないことに「立腹」する激情家でもあった。16歳のときに失明した左目が少なからず彼を社交界から遠ざけ気難しくしたのだろう。

アイルランド、アメリカニューオリンズ、仏領西インド諸島、放浪の末たどり着いた日本。まるでシルクロードの反対周りの終点のように。そして明治の湖都松江の松江中学に英語教師としてやってきたアイルランド人でありギリシャ人は神国日本の首都のたたずまいと礼儀正しく奥ゆかしい日本人に魂を奪われ夢をみていた。ちょうど初恋の人と出会った時のように、八雲の作品は夢の中でペンを走らせていた、つまり夢に酔い、あるなにかに、極東の神々と彼らの先祖たちに、取り憑りつかれていたとしか思えない。日本が軍国主義へとむかってゆく時代背景のなか西洋に目覚めていくのと足並みを揃えるかのように熊本、神戸、東京暮らしを経て次第に夢から目覚め幻滅を覚えることになる。「漂流者」を日本に繋ぎとめたのは終生愛した妻セツと子供たちで「世界のどんな汚い俗悪の都市より、もっと殺風景で非芸術的な都市」と評した東京での暮らしを選んだのは愛する家族のためだった。自分の死後の家族の暮らしを何より気にかけ心配していた。そのひ孫の凡さんが私の目の前に立って話をしている。


へるんさん、凡さんはこうしてあなたのことを想い、語っています。もう、何十年も。凡さんはあなたが愛したように松江を愛し、やさしくいつくしみ、おそらくあなたのことを思わない日は1日とてなかったであろうと思えるほどあなたへの敬慕に満ちています。

松江の人たちはあなたのいらっしゃった明治のころと大きくは変わっていないのかもしれません。素朴で控えめでもの静かでめったに感情をあらわにすることもなく、神仏を敬い毎朝神棚に手を合わせ、仏壇やお墓には絶えることなく花やお供え物が並べられ、今年の暑い夏にもお盆に先祖をお迎えしそしてお送りしたことでしょう。閉鎖的でよそ者にはよそよそしく、あなたと同じように偏屈で気難しく、あなたの苦手な冬の寒さにも耐えて。凡さんはお父様がGHQに勤務されていたことから東京世田谷二子玉川のご出身ですが、松江のなつかしい出雲弁のイントネーションでお話しされるので嬉しくなりました。


 

八雲会の「へるん」55号(2018年6月発行)の「ヘルンゆかりの人々・ゆかりの地」で今回の講演内容の調査報告の詳細が記されている。


凡さんとは初対面であった。お話をするのははじめてだったが顕彰会である「八雲会」が毎年発行している会報「ヘルン」や凡さんの松江での精力的な活動を知らせるちらしやパンフレットなどでお目にかかっており、もう数十年来のお付き合いに思える。

思った通り、静かで物腰の柔らかい語り口のなかに私の慕う伏し目がちの八雲を見つけることができた。近々お会いすることになるだろう。



八雲が驚きをもって接した日本人の美意識や美徳、風習のなかに流れる神々との交流とその底辺に流れる先祖への思い。凡さんの興味はこんな八雲の思いをどういまに活かしていくかどう繋げていくかにあって、松江を発信源とした地域の活性化のための観光資源として八雲を据えている。東京のTVをはじめとするメディアの幼稚化低レベル化が進行するなかで地方からの文化の発信がまさにいま求められているといえる。

凡さんは八雲の子孫としての研究者であることにとどまらず、八雲を未来の子供たちに引き継ぐ「子ども塾」、「松江ゴーストツアー」、佐野史郎さんたちによる「小泉八雲朗読のしらべ」、ギリシャ、アイルランド、マルティニークでの試みにつなぐコーディネーターとしての顔をもつ。こうした活動のお話をされているときがいちばん生き生きとされていたのが印象的であった。


 

2018.8.21

作成者: user

還暦を迎えてますます円熟味を増す、気ままわがまま、ききわけのないおやじ

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