2019年6月5日

紫陽花のあざやかな青 2019.6.4

自宅から700メートルほど離れた仮住まいの近くには地主さんの運営する幼稚園、保育園、スイミングスクール、テニスコートがある。咲き始めた紫陽花のはかなげにうつろうような青。

広々とした「こども園」。こどもたちはのびのびと育つだろうな。うちの子供たちもここのスイミングスクールで泳ぎを覚えた。地主の農家は篤志家でここに40年暮らしてきてこどもたちがのびのびと健康で育つようにとばかりを考えて事業をしているように思う。


ごちゃごちゃした駅周辺と違い、車通りも少ない閑静な住宅街。

二子玉川ではなくしょせん練馬だからハイソとはいえないがテニスラケットもって歩いているおしゃれマダムたちを眺めていると「健康的で豊かな生活」を思う。

「にこたま」で仕事をしているとき、高島屋の横をテニスラケットをもってマダムたち10人くらいでおしゃべりしながら歩いている林寛子さんたちの一団とすれ違ったことがある。「おばさん」だったが「おばさん」じゃなかった。


うっとり眺めていた学生時代のあの頃のまんまで、楽しそうな笑顔が印象的で、私の御三家である「森高千里」「太田裕美」「今井美樹」に匹敵するほどだった。

多摩川に面した南側の斜面に住む世田谷のハイソな人々の暮らしがまぶしかった。ハイソな暮らしはもとより望んでいなかったものの、そして彼女たちの暮らしの中には秘めた苦しみもあるのだろうけどこれもありなんだなぁとうらやましく思えた。


無節操に都市化住宅化された練馬にもいまだところどころに農家があって地主さんがいて欝蒼とした木々にまじって大木があったりする。


練馬ではひきこもりの暴力息子を元キャリア官僚の父親がめった刺しにして殺害するという事件が起きたばかりだ。川崎登戸の無差別殺傷事件を受けて父親が思い立った連鎖的な事件。

事件がどこで起こるかは住んでいる地域と関係があるのだろうか。すくなくとも東京のように全国から移住者が流入してくる地域では人々が雑多すぎて括って語る意味はなかろう。


ずっとひっかかって気になっていることばがある。

「北九州市」には「市民」はおらず「住民」しかいない、と北九州市の関係者が語っていたこと。いやなことをいうなと。


「住民」とは「ただ住んでいるだけの人」という意味なのだろうか。

ひるがえって「市民」とは何か。

地域を自覚し自発的に自立的にコミュニティに関わっていける人たち、ということであろうか。


そうだとするなら、北九州市民は「ただ漫然と地域のこともあんまり考えようとせず暮らしている人たち」ということになる。そんな人が多い、という意味合いなのだろうか。

八幡製鉄ができて全国から工員として男たちが集まってきたという歴史もあり市民としての自覚に乏しいということもあろう。


それがまた市民を気さくだったり、情に厚くさせた一因ともいうのだが、北九州に「転入して転出していった」自分にあてはめてみながら、、、

新井薬師 中野

2019.6.5

Comments

2 thoughts on “紫陽花のあざやかな青 2019.6.4

  1. 紫陽花が咲いてますね。
    練馬にも緑があるんだ‼

    そう言えば高校修学旅行の時に東京に緑が沢山ある事に驚いたんだった。
    東京には緑がないと聞いてたのに、違うやんと。

    全くないわけがないのに、田舎の女子高生は真に受けておりました。

    暑いし梅雨が近いし大変でしょうが、荷物運搬を頑張って下さい。
    新居という楽しみが待ってますよ。

    1. ところどころに武蔵野の面影が残っています。緑を残しておいてほしいですね。
      仮住まいへの荷物の移動は大物家電やベッドとかを除いておおかた自分で済ませました。
      問題はコンテナへの搬入でこれがいちばん大変なことにあとの祭りで気がつきました。
      新居に移るときにはコンテナの荷物をサカイ引越センターに頼むことにします。

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