2019年8月4日

いくならころっとがいいか

2こ下の還暦の妹が「膵臓の検査」をした。わが家族は父と兄を膵臓がんで亡くしている。父はともかく兄は63才で逝ってしまった。それで妹は膵臓がん系家族だということを自覚し、覚悟を決めて検査を定期的に受けることにした。


膵臓は物言わぬ臓器でこつこつと黙って消化酵素・ホルモンなどの厚生労働省関係の仕事をしていて、いっぱいいっぱいになるまで痛くても我慢してがんばる。働き方改革が真に必要なのは、肝臓さんをはじめ人体の各部署で24時間フル稼働している臓器さんたちだ。


だから膵臓が具合が悪くなって手をあげて救急車呼んでくれと声をあげたときはたいてい手遅れで余命3か月とかなんとかの差しせまった話となる。手遅れにならなくても手術その他もろもろは手の施しようがないやっかいな臓器だ。


ぼくは枯れ木のようになってまで、ぼけてまで、寝たきりになってまで人さまのお世話になりながら長生きしたいとは思わない。階段をかけあがる元気な姿だけを見ていてほしい。だから逝くならぽっくりがいいとずっと思っていた。

しかし最近考え方がかわった。心筋梗塞、脳溢血、くも膜下出血などでぽっくりでは困ることが多い。建てかえのための引っ越しほどではないけれど、それなりに処分したいものがある。


身の回りの始末をして、身ぎれいにする時間がほしい。3か月。ほどよい。膵臓の場合意識ははっきりしていて、これからお迎えする死に向けた心構え、心の準備など困難な作業はあるものの混濁などはないようだからお金の始末、自分用にカスタマイズした車の処分、財産はない旨の遺書づくり、ガラクタと心ないひとたちに呼ばれる戦闘機のフィギュアなど遺品を、ひとことでいえば残されたらみんなに迷惑がかかるものを自分の手で処分しておきたい。今回の引っ越しさわぎはまたとない機会だった。


もしぼくが亡くなったときは葬式も戒名も読経も線香も不要。不要だから香典もいらないし、葬式は必ずやらなくてもいいものらしいからもしどうしてもというなら家族だけの直葬がいい。産地直葬。新鮮なうちにさっさとすませ骨は残さず、墓にいれず海にまいていただければありがたく伊豆の下田のさきが希望だけど無理をいっちゃあいけないね。

中身のない見栄やお葬式産業のいいなりになって意味のない式をやらかして自分を始末してほしくないと心から思う。お経あげて時給50万円だとかいっているお坊さんもいると聞く。三途の川を渡るときに必要だという六文銭もいらない。死装束というのもしてほしくない。


もしぼくのことを思ってくれる人がいるなら、人のいないところで、人の見ていないところで一度だけ静かに手を合わせてくれればいい。そっちのほうがずっとうれしい。死んだ後でもその姿は自分だけ見えるような気がする。


胃がんや食道がんとかなら早期発見で治癒できるようで手術後定年過ぎても現役顔負けの連中をたくさん見てきた。だからこれらは話はべつ。治療・手術でみごとに復活してみせる。


妹は銀行の理事長になっただんなをこれまでてのひらで転がしてきた九州の魔女だから膵臓がんに出会ったら闘い、立ち向かおうとしているがぼくは「おまえ、いよいよだぞ」と赤紙をもってやってきて耳元でささやかれたら「そうですか」とすなおに従順におことばに従い、居間にあがってもらい、インスリンいりのドリンクでもだそうかと思っている。


あの世の夕焼けもきっとこんなんだろう。

まつぼっくりに生まれ変わってやる。

あの世でもビールを毎日飲めるのだろうか、、、、これはとてつもなくだいじ、、、


2019.8.4

Comments

2 thoughts on “いくならころっとがいいか

  1. ですね。大腸検査の2リットルはきつい。これがビールならなんぼでも飲めるのにとナースに悪態ついてました。
    葬儀など現役の時は職場のしきたりもあってわがままもいえませんでしたが、退職後はしみじみほのぼのした、自分たちが望む簡素なものにしたいですね。それがわたしたちの務めです。

  2. 妹さんは膵臓の検査を受けられているんですね。
    膵臓の検査は苦しいそうですね。
    私も大腸の検査をそろそろ受けねばならないのですが、あの2リットルの下剤がネックとなって先延ばししています。

    又お墓はあるものの子どもは娘だけで嫁いでおり墓じまいの事も考えないといけません。
    私達の親の世代と違い葬儀に関しても納骨に関しても選択肢が増えて来ました。
    お盆こそ家族で話し合う良い機会ですね。

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