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池袋 2020/11/8

まさかの池袋。

しかも近寄ってはいけないといわれていた西口がこんなことになってしまった。

大統領選に敗北したトランプのようにまだ、この景色に納得できないでいる。

受け入れることができず最高裁まで争うことになるかもしれない。

 


「東京芸術劇場」が30年前の1990年にオープンしたとき、はきだめのまち池袋と芸術とがまるでミスマッチで、まずは都民から嘲笑をもって迎えられた。

西口公園はホームレスのたまり場となり、ごみが散乱し、じか引きJK(客とじかに取引する女子高生)、売人風の怪しげな人もたむろし、それがみなが納得する池袋らしさだった。


豊島区役所も世界第3位の乗降客の池袋(1位新宿、2位渋谷)の顔がこれではいかんとあしたのジョーのように立ち上がろうとしてきたが、立ち上がりきれなかった。「池袋で飲む」というとみなは「えーっ」といった。

なじみの店が池袋にある、なんてとてもいえたもんじゃなかった。

山手線と地下鉄から埼玉に向かって走る西武線と東武線に乗り換えるための地下通路、そして西武と東武のふたつの百貨店だけが池袋であって「駅袋」と半世紀にわたりいわれ続けた。

これだけ嘲られたままでいいはずがない。


おいらだってさんざんっぱら池袋をいたぶり、いじめながらも心の奥底では「がんばれ池袋、それでいいのか池袋」そう思っていた。西口にはまだまだ実弾のとぶあぶないゾーンがあるものの手始めはここから。

芸術劇場のリニューアルとあわせて西口公園がかわった。そこでオーケストラのコンサートをやっていた。曲目は「美しく青きドナウ」でつい足を止め聞き入ってしまった。

そのまた心の奥底では、オーケストラねぇ、美しく青き池袋?と信じようとしない自分がそこにいるほど根が深い。


丸井の前の一等地には現役の下駄屋さんがある。

履き物やさんだが、この店の店主が見せる心意気はこの堂々の下駄。意地と度胸の昭和残侠伝、、、