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iphone12 On Sale

iphoneⅩSMaxに乗り換えてから2年。買いかえ時期だ。

菅政権が発足し、高すぎる携帯料金を下げろと叫び始めたとたん、各社があわてて低価格の料金プランを発表した。

叫ばなかったら、そのままぬくぬくしていたのだろう。いやらしい、と思ってしまうあわてぶりである。


半沢直樹のようにぎりぎりの経営をしており値下げの余地がないのなら、

「ソフトバンクは政府の値下げ要求を拒絶します!」と黒井大臣が率いるタスクフォースに向かって吼えればいいのに、吼えなかったということは値下げの余地があることを自ら認めたということなのだろう。


携帯キャリア各社は全国すみずみまで通話ができるよう通信設備や基地局の設置などでお金がかかる。マンションなんかの屋上に線香みたいなのが何本かたっているやつ。所有者や管理組合に安くはない設置料を支払っている。

そのため、日本の携帯料金は世界的に割高な料金システムとなっている。

高止まりをしている料金への批判の受け皿として、ソフトバンクはYモバイルという割安を売りにした会社をつくり芦田愛菜を使って大々的に宣伝している。


月額使用料1万円からの顧客がSIMフリー(携帯会社と紐付けがされていないSIM)の携帯に流れるのを阻止するためである。

Yモバイルは通信網、回線をソフトバンクから借りていて大家さんから部屋を賃借している状態だから自らは基地局の整備などはしない。その分月額使用料をおさえられる、ということだ。

ソフトバンクとYモバイルは別会社を装ってはいるがぐるである。同じ店舗で礼服と普段着を売っている。


さて、買い替えをどうするか。なにがベストかよくわからない。

街のソフトバンクショップの大半はソフトバンクの直営ではなく、独立し運営している会社だからそれぞれが店舗の家賃や人件費をまかなっていかなくてはならない。


裏を返せばそのために携帯端末の販売だけではなくその他のサービスによって稼ごうとする。

2年前の買い替え後、のー天気なおいらは引き落とされる月額料金のことを気にせず黙って支払い続けていたが、今回の買い替え時期を機に地元のソフトバンクショップでチェックしてもらったところ、2年前に「SDカード」の名目で月々の料金が上乗せさせられていたことがわかった。


それはおそらく本体といっしょにわたされたサンダーボルト接続ができるUSBメモリーやブルーツースイヤホンやバッテリーのことだとわかった。

単身生活中に買い替え契約したとき、販売員の女性はなにもいわずにこれらをテーブルの上に置いた。だからすなおにおいらは「ありがとう!」といってしまった。

てっきりサービスにおまけでくれたものと思っていたが商品代やらなんの説明もないままちゃっかり2年間の月額使用料に上乗せさせられていた。だまって「押し売り」、いや「置き売り」していた。

思えば彼女はおいらがどの程度のユーザーか見定めているようでもあった。ライトニング端子のUSBメモリーに興味を示していたのを見逃さず机に置いた。


うかつだった。さいわいその「おまけ」たちはとても気に入っていて重宝したのだが問題はその価格で市販価格の数倍の法外な料金となっていたし、明細は合計額だけ記載され個別にはわからないようになっていた。

たしか「S石」という30代半ばの窓口営業のおねえさんだった。

美人だが気の強そうな(北九州に多い)その顔だちもそのときのやりとりの一言一句も鮮明に覚えていたから小倉のリバーウォークにあるショップにいってコロナがそこそこ落ち着いたいま抗議してこようとも思ったが、2年経過しまさに支払いを終える時期だったこと、そうならそうとその場で、あるいはその後の引き落としのさいに確認しなかったおめでたいおいらの手落ちでもあると思いとどまった。


一般的には10万円を超す端末は4年間48回の分割払いとなっている。

2年で新製品に乗り換えるとすると買い替え前の残債を払い続けながら新しい端末代も支払うことになる。


だから、ユーザーがこらたまらんと悲鳴をあげないように、新携帯端末料金を半額にしたりする手を使う。

「携帯ショップでは買ってはいけない」、「携帯ショップにいってもいいのは高齢者でその後のサポートが必要な人たち」といわれている。

携帯ショップがそうしたサポート料金込みで運営されているからである。

ローンを組ませ4年間縛り、新製品が出るとさらに買い替えさせおいらのばあいアップルがずっと新製品をだし続ける限りローンから足抜けできないようにしてしまう。


すぐにでも携帯ショップの残債を精算して、アップルショップで一括購入するか、下取りもショップを避ける、あれこれ考えている。

ただし、アイフォン12と格安SIMの組み合わせはない。

スマホ販売手数料、オプションなど情報弱者を搾取する携帯ショップにはくれぐれもご注意ください。

 

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「武蔵野事典」発刊 2020.9初版

仕事のお礼に執筆関係者より寄贈を受けた。

武蔵野にまつわるバイブルといってもよい689ページの大著で各界の専門家による共同執筆。

武蔵野にフォーカスされてはいるものの、江戸、東京とのかかわりなしに語ることなどできるはずはなく、どう江戸が開かれ周辺部に膨張し開拓されていったか、どう東京に受け継がれたか読み物としてではなく記述の多くは歴史に多く割かれ史実をもとに詳述されている。


古代中世はさておき江戸、東京の資料がガイドブックでは飽き足らずもっとガツンとした資料を渇望していたおやじにとって渡りに船のお江戸百科事典だった。


一般的なお話としてではなく、数字をあげ、時期を特定しだれがなんのために何をした、が克明に記述されている。


築地の歴史もおもしろい。「築地居留地」の項をみてみる。

もともとは明暦の大火ででた瓦礫で砂州(鉄砲洲)埋めた土地。

そこに大名の上屋敷をおいた。大名屋敷の敷地が不足していたためである。

新富町と月島の中間にいまでも「築地明石町」という地名があるが、

そこに赤穂浅野家の上屋敷が新築され内匠頭はそこで産まれた。

浅野家はその屋敷の対岸に見える佃島を播州から臨む淡路島に、大川(隅田川)を明石海峡に見立てたことからその名がついた。


その後の苦難を前に内匠頭や浅野家の家臣たちが江戸の地でふるさと赤穂の風光明媚な景色を懐かしみすごした光景が目に浮かぶ。ファミリーマートの「築地明石店」のスタッフたちは知っているのだろうか。


そして幕末の開港でこの地が指定されて外国人居留地となり、教会、病院、学校が設立された。

築地明石町は慶應義塾、雙葉学園、暁星学園、立教大学、青山学院、立教大学の発祥地で、築地の聖路加病院のルーツもこの地。

浅野家上屋敷の東隣が大分中津藩の中屋敷で福沢諭吉がそこで蘭学塾を開いた安政5年の1858年を慶應義塾の創立年としている、、、


どうですか。歴史の風景、景色が土地と人々とからみあって連綿とつながっていきます。

 

こんな記事もあります。


「江戸周辺の地域は将軍家や御三家の鷹場となった、将軍や大名の鷹狩のために、村々は様々な規制を受け、鷹場制度の維持のためにオケラやエビツルムシ*などを鷹方役所に納入するなどの負担もあった」

村人がオケラを集めていたなんて、、、

*渓流釣りの餌として最高なのがエビツルムシらしい

ありがたくすみずみまで読ませていただきます。

2020.10.29

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ねりまプレミアム付商品券繰り上げ当選 2020.10.27

ためしに応募してみたもののどうせ当選しないだろうとあきらめていたら「繰り上げ当選」の通知はがきが届いた。

申し込んでいたのは3万円分。だから3割にあたる9千円分のおまけがつく。

これでいきつけの商店街のおなじみのお店でおとくに買い物ができる。

別に商店街を応援していなかったわけではない。全身全霊をこめて応援してきた。が、今回のコロナ騒ぎで3割増しの商品券を使って3割増し返ししたい。


まてよ、ところでおなじみのお店で使えるんだろうか?

地域別にお店を検索できるようになっている。

しかも写真付き、HPのアドレス付きで商店街の店主の顔が見える。50音順の店名と住所の一覧表が関のやまだった役所にはなかった発想でまず感心する。

さらに店主や看板娘、看板わんこやにゃんがにっこり笑っていようものなら商品券使わずとも今日にでも買い物にいきたい。


あった!パンを買いにいくのだかお姉さんと会うためにいくのかわからん藤ノ木パン。


行列の絶えないコスパ最強の焼肉問屋「牛蔵」も!(食べログ評価なんと3.79、エンジェル係数90%との書き込みもある)

焼肉「牛蔵」

 

「牛蔵」は予約のために行列ができるほどの当駅きっての有名店(東京でも上位にランキングされている)で、夕方予約の電話したら「22時半ならお席をご用意できます」といわれたことがあって、焼肉はお持ち帰りするしかなくなった。

ただ、嬉々としてお持ち帰り注文の電話をするのは孫が生まれて勢いづいている娘であっても受け取りにいくのは(支払いをするのは)勢いに陰りが見える親であるわしらという「牛蔵」ならでは恐怖のお会計システムになっている。

コロッケやお弁当の販売コーナーもありもっぱら週に何回かこちらを利用していて、ころもだらけ、トランス脂肪酸たっぷりの安い油で揚げたようなスーパーの揚げ物コーナーから足が遠のいてしまった。オープンキッチンでカメリアラードの一斗缶を使っているのが見えた。わかるかたにはわかるでしょう。

原価がわずかといわれるMドナルドのフライにはご注意ください。

 


駅前に「ぎょうざの満州」という埼玉発祥の中華料理店がある。そこのキャッチフレーズはなぜだか意味不明の「3割うまいぎょうざの満州」である。

そこでこの3割おまけの商品券を使うと、合計6割うまくなってしまうのではないかと心配になったが登録されておらず胸をなでおろした。

もともとこの商品券は従来からあった地域振興券とは別の商店街のコロナによるダメージを支援するものなのだが、

コンビニや、病院、不動産屋さん、クリーニング屋、文房具店、はてはパチンコ店まである。

えっ?と思うが、パチンコ店は感染者がひとりもでてなかったのにコロナ騒動がヒートアップしていたころ、さんざんいたぶられぼこぼこにされた。

「ガイア」の店員は駅前で客引きまでしていたのを見てきた。


病院だって患者が激減したという。

「コロナで病院通いを日課にして楽しみにしていたお年寄りがこなくなったのかね」、「病院にいかなくてもいいお年寄りがたくさんいたのかね」、とかふざけてかかりつけの病院の閑古鳥がはげしく泣いている待合室で受付のおねえさんと笑いあったこともある。

経験の浅いまだ分別のつかない受付のおねえさんはおやじの高齢者医療の問題点の核心をついた誘導尋問にまんまとひっかかりあろうことか「そうなんですかね」と相づちをうってしまった。


このコロナ商品券の発行は地元の商店街の零細商店にとってとてもありがたいだろうし、また使う側の住民にとっても気持ちのいいものだ。


40年住んでいても一度ものぞいたことのない、自然死を待つばかりじゃないかとよけいな心配をしてしまう店もあるが、それはわたしたちがひいきにしてこなかっただけであって、にぎわいはなくとも近所のお得意さんに愛されて家族従業員で長いことやってきた歴史を刻んだお年寄りをはじめ常連さんたちにはかけがえのない店であるわけだ。


何百回素通りしてきたお茶やさんで、海苔や急須を買おう!(お茶ではなく!)

愛想のない店主のおやじがひまにまかせて客用のテーブルに座りテレビみたりスポーツ新聞読んでいる中華料理屋でナスと豚肉炒め定食を注文しよう!


区の商品券サイトも操作しやすく親切によくできている。おいらは旧態依然のままであるが役所はかわってきている。

大切なのは「少しでも区民が使いやすい親切なサイトにしてくれる業者に外注しよう」としている東ベルリンにはない姿勢や意気込みが区の担当、おそらく若いスタッフであろう、に見えるということだ。

この「伊勢屋」は東京の下町のチェーン店でありながら多店舗展開でありがちな劣化することなくおにぎりやお赤飯、大福なんぞの和菓子の名店でうちのおっかあをはじめ地元住民のハートをがっちりつかんでいる。

使うのが楽しみな商品券。


繰り上げ当選て比例代表選挙みたいで広島の代議士夫婦みたいに地元の区議に金をばらまいてもいないのに当選してしまった。


理髪店のおしゃべり好きなおにいさんはわしのあたまを植木のように適当にカットしながら当選したら子供さんに「リングフィットアドベンチャー、集まれ森のどうぶつたち」を買うつもりです、といっていた(せっかくの3割引きだけど巣ごもりで人気となってしまいかんじんの品物が手に入らないらしい。)

リングフィットしたほうがいいのはおとうさんのほうだねとはちきれそうなおとうのおなかまわりをじろじろながめながらいいそうになったが品のいいおじいちゃんになるために封印した。

リングフィットは任天堂より新垣結衣本人ばかり見ていたからリングなんちゃらがじつはなんの商品だかわからんかった、、、


ただ、郵送してもらえず「この日この区の施設に受けとりにきなさい、いいね」と馬脚をあらわし役所らしさがさく裂!


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映画Midway TBFアベンジャー雷撃機後部銃座の秘密(ブログ補足訂正版)

アベンジャー雷撃機の後部銃座の威力について補足訂正させていただきます。「命中精度は低く、次々とゼロ戦を撃墜したなどミッドウエー海戦の史実にもとづかない描写ではないか?」という疑問に対する補足資料をご紹介します。

 


「F4F戦闘機の戦意のなさに比べて、TBF攻撃機の後席の旋回機銃は意外に命中精度がよく、侮れないものがあった。一撃目で、日高さんの三番機・高木鎭大三飛曹機が被弾し、墜落。続いて松本善平三飛曹機も旋回機銃にやられ、自爆している。光元治郎一飛曹機も被弾、エンジンカウリングを吹き飛ばされた。」


 

ミッドウエー海戦から4カ月後の南太平洋海戦(1942年10月26日)での護衛戦闘機の指揮官日高盛康大尉の回想です。

(日高さんが太平洋戦史家の神立尚紀氏のインタビューに応じたときに語られています)


9機のゼロ戦隊とグラマンF4F8機とTBFアベンジャー8機などとの空戦によるものです。侮っていましたが「侮れないものだった」という点で訂正いたします。

ただし、ミッドウエー海戦ではありません。南太平洋海戦のさいの記録です。その史実を映画「ミッドウェイ」に盛り込んだのかな、盛ったのかな、と理解したい。

信ぴょう性は当時の日本の記録よりアメリカのほうが高いとみている。

 


そして、ドレスデンでガイドしてくれたおじさんからいただいた切手。

1982年にライプチッヒで開催されたメッセの記念切手です。

学生時代をライプチッヒで過ごしたゲーテと親友のシラー(ベートーベン第9の作詞をした)が並んでいます。



そして知人が昨年訪れたベルリンの様子を知らせてくれました。(2019年7月5日)

歴史遺産として展示されています。

重ぐるしはそのまま。ロシア兵はいませんが。

ブランデンブルク協奏曲第5番

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取引相場のない株式の評価

3時間の研修を有楽町のマリオンで受講する。講師は岩下忠吾氏。

いまだコロナが終息していない中、金曜日の有楽町は大勢の人たちでごった返していた。政府がGo To、Go Toと騒ぎたてあおり運転してお出かけしてもOKとお墨付きを与えたからだろう。

この研修ももともと4月に開催予定だったが半年延期での開催となった。


相続や贈与のさいの中小企業の株式の評価は難しい。土地の評価以上である。


今回の研修で挫折を味わった。

A社とB社がお互いに株を持ち合っている場合(相互保有株式)、その評価はどうなるかのくだり。

A社の株の評価額はB社の評価が決まらないと計算できない。

そのB社の株価はA社の株価が決まらないと評価額はだせない。


これを解決する算式の説明を受けた。

そして、極めつきの算式が登場した。

「取引相場のない株式の評価ー評価の変遷の現状の検証ー」

㈱日税ビジネスサービス創立45周年記念研修会主催研修会

講師 岩下忠吾氏 研修テキスト35,36ページ

2020年10月23日 有楽町マリオン


それまでやっとこさついていっていた講義内容だったが、終盤のこのくだりで理解不能となって思考停止し、ギブアップした。

つまり、考えることをやめてしまった。

自分には関係ないことなのではないか、理解できなくてもいいんやないか、とか体の防衛本能が頭をいたわり脳のスイッチを切ってしまった。


講師の岩下先生も聴衆が苦悶するビミョーな反応に気づき、説明した後、やっちまったわ、みんなに悪いことをしてしまっという顔をした(したように見えた)。


本日の研修の成果は4つ。

① 株の評価に深入りしてはいけないことがわかったこと

② こんな計算に手を染めている人たちがいるということに気が付いたということ。

③ 力尽き挫折するような屈辱的な研修を受けている自分がけなげでかわいく思えたこと。

④ 専門分野であっても理解しようとしてもどうしようもないことがあるということを知ったこと。


チャレンジャー、開拓者たちは思考停止などせずむしろこれをほかにやれる人のいない分野のビジネスチャンスととらえ、この計算式を武器にビジネスにしようとする。

そこが違う。

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いよいよGo To Eat


次は飲食店の番だ。

かんたんにいうと店の予約と飲食でまずおいらの場合夕食で来店ポイントのほかに1000円分(ランチは500円)のTポイントがもらえる。

1000円以上の飲食が条件だからあれこれ注文せず軽く済ませればそのぶんお得にあがるし、大勢でいったらいったで人数分のポイントがもらえる。


いちばんの問題はキャンペーンに参加しているお店がチェーン店などに限られていることで、まだ東京は選択肢は多いものの、地方である福岡県でいえば博多だけが利用できる店が突出していていて北九州市などはまずなにより登録店が少ないし、いってみたいと思える飲食店が皆無だった。

ランチに使いたいいい店があれば月10回までふだん使いができるが、夜の部はこれじゃ使えないという印象。

住まいのある練馬のお蕎麦屋さんをためしに予約してみる。


北九州のいってみたい店は軒並み登録していないようだ。人気店はそもそもキャンペーンに参加していない。

東京や大阪などの大都市圏と地方都市の格差が如実にあらわれている大都市偏重の、ぐるなびのサイトなどに登録している店のためだけに税金を使った政策といえ、家族でやっている町の中華料理屋やお蕎麦屋さんなどは蚊帳の外。

2020.10.21

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西ベルリン、ライプチッヒ、ドレスデン1982

西ベルリンに入る。

日本人は珍しいのか東ベルリン側の検問所の係官はパスポートを眺めながら興味深そうにいろいろ質問してくる。

そして出国の申請書に記入したにょろにょろへたったアルファベット見て、「これお前が書いたんか?」と笑った。

要するにやつは暇で遊んでいた。日本の公務員のように職務に忠実ではなかった。

ドイツでも笑いものにされた。

闇で購入しておいた護身用のルガー(ナチスの拳銃)に手が伸び引き金に指をかけた。


東ドイツの情操教育、役人の指導教育がまるでなっていないこと、字が下手でつらい思いをしている人を思いやる気遣いのなさが証明された瞬間だった。


字が下手なおいらにとってこのころ登場したワープロは火薬や印刷機やダイナマイトなんかの発明発見よりも大きな出来事だった。

練習し、きれいな字を書こうと丁寧にかこうとするほど手は汗ばみ、字は「下手な字がより下手さがきわだって鮮明にくっきり」となっていった。

 


西ベルリンは街そのものが共産国に向けた西側国家がいかに自由を謳歌してるか「天国よいとこ一度はおいで」と見せつけるためのショウウインドーで、明るいショップ、妖しい映画館やら多くの車なんかであふれていた。

これ見よがしの政策的なあてつけだった。そうするといきおい新宿歌舞伎町のような猥雑な雰囲気となる。


カメラを構えるとKGBにガン見される。

「Worauf schauen Sie sich das an?
Was machst du hier?
Du bist ein Spion? Ich nenne dich Gestapo.

「きさん、そこでなんしおんか?

くらしちゃる!」


またルガーに手が伸びる。

ブランデンブルク門にいってみる。

そのころバッハのブランデンブルク協奏曲ばかり聞いていたからしばらく口を開けて感慨深く見上げてながめた。

1945.7 Berlin


これは西ドイツ、北部の都市ケルンのおもちゃやさん。大嫌いなお土産やではない。

北欧神話のトロールがいる。いまでこそメジャーなキャラだけど当時は「三匹のヤギのガラガラドン」も読んでいなかったし、ただの赤鬼にしかみえなかった。


その両脇の魔女みたいなおばさん二人が気に入り箱に詰めて日本のおじさんのところに送った。

鎌倉大船のM菱電気の工場に勤めるインダストリアルデザイナーで趣味で造形作家みたいなこともやっていたから喜ばれるだろうと。(案の定いたくひどく気に入ってくれた)


ベルリンから南へ。ライプチッヒのホテルのバーでそのケルンからきたビジネスマンと飲んだ。ホテルの外は赤ちょうちんも居酒屋の類はなんもなくホテル飲みよりほかはなかった。


ライプチッヒで「メッセ」があってそれにきている。という。

幕張メッセなどなかった40年前で、メッセの意味が分からず「メッサ―」(ナイフ)?、「メッサーシュミット」?などとんちんかんに聞き返してしまった。


すると見かねたバーテンダーが「FAIR」(商品市)のことだと助けてくれた。

ケルンの大聖堂は爆撃の被害を逃れた。

「まわりは破壊されたけど大聖堂だけは残った。」という。

「Warum?」(どうして)と聞き返す。

ビジネスマンは待っていましたおっかさんとばかりに両手を合わせ下を向いて、

「お祈りしていたからだ」と。


これは相手の答えを先読みした問いかけですでにおやじのあざとさの萌芽がここに見える。

あらかじめ返ってくるであろう答えを想定して問いかけ、思うつぼの答えを引き出す、といういやらしさをドイツでもさく裂させた。

ただし「相手が待ってましたと喜ぶ答え」の場合にしかさく裂させてはいけないことも知っていた。

ケルンの大聖堂への爆撃はターゲットから外しただけのことだろう。


長崎の原爆は曇りで投下をあきらめかけたときに雲の切れ間から市街が見えた。そして浦上の上空から投下した。

予定していたターゲットではなかった。

そこは天主堂があってキリスト教徒や被差別部落の人たちが多く住む地域だった。

多くの人たちが一瞬で犠牲となり、生き延びた人たちもその後被爆者となってさらなる差別に苦しむことになる事実はケルンの大聖堂のこのお祈りと重ねどう理解したらいいのかわからない。遠藤周作の「沈黙」のシーンと同様、何故?と問いかけたくなる。


2発の原爆をもってしても日本が降伏しない場合、九州に上陸し地上戦が繰り広げられる予定だった。

宮崎と鹿児島の2方面からの上陸作戦が検討され、そのためにそれぞれ3個の原爆が用意されていた。9月にさらに6個の原爆が投下される可能性もあった。


このあと東ドイツ南東部の州都ドレスデンを訪れるのだけれど、そこはほぼドイツの敗北が決定的となっていた大戦末期の1945年2月、昼間はアメリカのB17,そして夜間は昼間の爆撃で燃える市街地を目指してイギリス軍のランカスター爆撃機が軍需工場などなかった市街地に昼夜たがわず連日爆撃を行っている。

「ドイツのヒロシマ」といわれるほどの多くの一般市民が犠牲になった。

やらなくてもいい爆撃をロンドン大空襲の報復でやった、といわれている。


すざまじい爆撃のあとの瓦礫をそのまま残してあって、見学できるようになっていた。


たまたま通りかかったナチス党員だったらこわかっただろうなと思えるユダヤ人収容所の所長のようなおじさんが案内してくれた。

その口ぶりは「アメリカーナがやった」といまだに怒りが収まらないようすで、何度も「アメリカーナ」とこぶしをあげ叫んだ。きっと家族を失ったのだろう。


あいつらが参戦しなかったらイギリスを打ち負かしていたのにという悔しさ(2度も!)

そのアメリカをドイツとの戦争に引きずり出したのは真珠湾攻撃だけどね。


同じ敗戦国の日本人だから話してくれたと思っている。

切手のコレクションが趣味でヤーパンの切手が欲しいといわれ何度か送ったりお返しにおじさんは送ってくれたりした。

どれも印刷の雑な図柄も味気ない東ドイツの切手だった。

敗戦と占領を37年経てもいまだに重く引きずっている分断国家。


旅をするときはできうる限りあらかじめその国の歴史をしらべてから行く。これは礼儀だと思う。

韓国に観光旅行にいった若い娘さんたちがタクシーのおじいさん運転手に、

「おじいさん、日本語上手ですね、どこで習ったんですか?」と聞いたという。

そのおじいさん運転手の心中はいかばかりか。こんなことは絶対にあってはならないと思うのだ。

2020.10.21

 

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コレット井筒屋閉店のその後

百貨店の不振が続く。

かつてあの伊勢丹が小倉に乗り込んできたことがあったが、返り討ちにあって撤退していった。

伊勢丹のおごりだったと思う。

北九州のことは地元の百貨店の井筒屋がいちばんよく知っている。


撤退した駅前の大型商業施設を空き家にしておくわけにもいかず、地元の老舗百貨店「井筒屋」がひと肌脱いで店舗を引き継いだ。

引き受けたはいいものの、小さな街に同じ百貨店2つはさすがに荷が重く、苦労の末先ごろ引き継いだ駅前店舗を閉店したばかりだった。


そのあと、どうなったか恐る恐る覗いてみると、1Fに旗艦店並みの巨大「無印良品」が入っていた。

東京の自宅の備品、小物は無印良品とDAISO、イケア、ニトリなんかの寄せ集めで、これは嬉しい誤算であった。

もとの旦過市場にあった無印良品がもぬけの空になっていて、小倉はこれから先いったいどうなるんやろかと気持ちが落ち込んでいただけに、このフロア見わたす限りの無印良品のオープンは嬉しかった。


単身赴任を含め5年近く過ごした小倉だったけど、デパートで利用したのは地下の食品売り場と、本屋だけだったから、1階から6階くらいまでは「どうでもよかった」

どうでもよかった人も多かったろう。


それがどうでもよくなくなった。

早速買い出しした。

お土産はどうでもいいけど、

おいらが見初めた確かな北九州の名産品を持ち帰る。


北九州といえば工業地帯と思われるだろうが、実は魚の宝庫であると同時に農産品の名産地であって、

キャベツ、トマト、たけのこ、そして意外や意外、お米がとても美味しい。15キロお持ち帰り。


「きみしゃんいりこ」はきみさんというばさまがいりこをカリッと佃煮ふうに煮たやつで、素材厳選の甘すぎずからすぎず、ごはんがすすむくんに仕上がっている。

東京の佃煮はしょっぱすぎていただいても冷蔵庫の中で賞味期限が過ぎるのを待ってから、廃棄処分していた。

あの悪名高き東京のうどんとおなじ運命をたどる。


ほんとは若松の特産品の「潮風キャベツ」と「水切りトマト」も持ち帰りたいところだけど、植え付けが始まったばかりで、次回3月のお楽しみとする。


水切りトマトは濃縮トマトでスーパーで売っているすかすかトマトとは全くの別物で、きめ細かく甘さが際立つフルーツトマトで10月に植えつけて半年かけて3月にようやくJAの棚に並ぶ。

水やりを極力控え、枯れてしまうかになった寸止めのところで水をあげる、という表向きはトマトの養分を蓄えようとする生命力を時間をかけて引き出すということになってはいるが、

トマトの身になってみれば、代官さまの陰湿ないじめ、計画的ないたぶり、拷問責め苦でしかない。

大庭さんのとこの水切りトマトがいちばんおいしいが、いまではトマト組織に命を狙われていると聞いた。


おやじも昼抜きの1日2食生活が定着した。

そして目標体重を達成した。

そんかし朝は、塩鮭とか納豆、ヨーグルト、日田産の梅干し、大根おろし、いまならりんごやいちじくや柿などの果物もきっちりいただく。

結局、和食に行き着いた。

すると昼過ぎになってもおなかがすかない。

すいたとしてもそのまま我慢して食べない。これがきもだった。

おなかがすいたら食べる、というこれまであたりまえのようにやってきたことをやめにした。

間食はもちろんしない。

そしてジムでのトレーニングを欠かさない、

トレーニング後に早夕食。

ビールをだらだら飲みしたり、飲みすぎにならないように、缶ビール飲んだあと、すぐにご飯食べてしまってもう飲みたくないようにしてしまうということもはじめた。

これはコロナが長く居座り続けたことで到達したあらたな境地であった。


寝ぼけたあたまもいくぶんクリアーになった気がする。

しかしながら、サラリーマンやっていたときは到底無理な生活スタイルだからして、自営業者になったことに深く感謝する。

水切りおやじの誕生!

2020.10.16

 

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東ベルリン、元気でいますか?

無人になった実家の片付けをしていたら、1982年の東ドイツとチェコスロバキアなんでも見てやろう旅行の写真がでてきた。

ロシアの戦車と砲撃、連合軍による空爆で徹底的に破壊されたベルリンは計画的な都市建設がされたけれど、

味わいのない、人々の息づかいの感じられない霞んで渇いた街になってしまったという印象を受けた。


あなたはこの街を歩いてみたいと思いますか?

横丁も長屋も神社も駄菓子屋もありません。

広い道路と巨大なコンクリートのビルを並べて建てればいい町ができるとでも思っていたのでしょうか?


破壊戦を繰り広げたソ連と東ドイツをいじめてはいけません。

そうするよかなかったのでしょう。


ハードディスクはただの箱であって、人が快適に過ごすためのソフトがなにも用意されていない。

このビルの中にショッピングセンターがあるのだけれど、愛想のない店員は役所の作業員のようで配給品をただ並べて売っている印象を受けました。


敗戦後の日本のバラックや簡易住宅は粗末粗悪でひどいものだったろうけど、貧しいながらもご近所から笑い声が聞こえてきそうです。


隠し撮りしたものです。KGBにマークされていたかもしれません。宿泊先は旅行前に予約しておき行動も報告させられていたから当局がその気になればいつでもしょっぴけます。


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ありがたや地域振興クーポン券 2020/10/14

安宿暮らしが体に染みついていて、せっかくのGO TO TRAVELの大盤振る舞いに際しても旅館や高級ホテルは敬遠気味。

この地域クーポン券は宿泊割引35%に加えさらに宿泊料の15%が付与されるわけだけれど1000円以下は足切りとなる。

したがって、宿泊料が6800円以上でないと1000円のクーポン券がもらえない。するとそれ以下の宿泊料を設定しているビジネスホテルはどうしたか。


朝食バイキングつきの部屋に夕食をつけた6800円の2食付きプランをはじめたのだ。

まず、6800円の料金設定から入って、夕食にはいくら当てられるか逆算して献立を組み料理を用意したことになる。


地元民はあのホテルには夕食付プランはなかったはずだけどと訝しがった。

それもそのはずゴーツーのための特別プランで要するに観光業界もそれほど必死なのだ。


このクーポン券はなかなかかしこいやつで、駅のスーパーマーケットでも使え、なんでも買えるものだから、普段はかごに入れるのを躊躇する缶ビールのいいやつなんかをちゃっかり仕入れてしまった。


駅の売店のおみやげなどまるで興味がないからお土産やでしか使えなかったら無駄にするところだった。これこそありがたいクーポンだ。

お土産のお菓子類は四国のなんちゃらという会社が日本全国から注文を受けてまとめて製造して、全国にばらまいているみたいだからありがたくもなんともなくばからしくなってしまった。

おやじはおやじなりの「貧の意地」というこだわりがあって、特に旅についてその意固地は頂点に達する。


理想の宿はコンドミニアム型のキッチン付きの部屋で当然食事はついていない。

それゆえ地元のスーパーで当地の食材を仕入れ調理するスタイルで、長年の八ヶ岳の山荘や東急リゾートの会員旅暮らしがベースにある。


金沢では近江町市場でずわいがにの脚がもげてはぐれものになったやつばかりのお得なパックを買い求め、部屋に持ち帰りDAISOで買った鋏でばりばりやって無言でむさぼる、というのが至福の時間だった。

夢よふたたびと鳥取ゲゲゲの鬼太郎境港魚市場でそれをやったら、脱皮がらみのふにゃちんすかすかガニでまいってしまったこともあった。しかも甲羅や殻が大量のごみとなってしまい清掃のおばちゃんはさぞびっくりしただろう。人生が台無しになったような気がした。

失敗と苦労の連続の人生だった。


和服きた女将のあいさつなんていらん。見たくもない。

きれいどころが玄関で勢ぞろいしてあいさつする。ぞっとする。

品数あふれる豪華な食事も必要ない。いつも大半を残してしまうから。

イノシシだ、アユだ、タラの芽だ、これもいらん。

こんなん出せば客は珍しがってありがたくいただくとでも旅館は思っているのだろうか?

いわしの刺身やあじのたたきや、さんまや、さばの塩焼きの方がずっといい。

しかも焼きたてで湯気があがっているやつ、切り口が立った刺身、ももの塩焼き。そうなると地元の居酒屋「二十五万石」にいくしかないべ?ビジネスホテルと歓楽街の居酒屋のゴールデンタッグが生まれるのは自然の法則。


だから、夕食付きの宿には縁がない。縁をもとうとしない。


お祭りの時でさえ着ない浴衣着て、ホテルでスリッパ履いてぺたぺた歩くのもしたくない。パジャマも持参しているから浴衣はいつも使わずじまい。

Wi-Fiは必須。PCと映画の詰まったHDDとブルーツーススピーカーもセットで持っていく。


さらには備え付けのお茶っ葉はくず茶でおいしくないからお気に入りのお茶の葉ももっていく。

東名高速のサービスエリアの売店に並んでいるお茶の葉はいろいろ試したが、玉石混交というかろくでもないのが多く、失敗を繰り返した結果、沼津の問屋さんの「茶通亭」に落ちついた。