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運慶  特別展

国立博物館 2017.10.18


仏像なのに迫力ある躍動感と生命の輝きが吹き込まれている。如来や僧たちの穏やかな表情の中に強い意志と慈愛がにじむ。作品31体のうち22体が一挙に展示されている。平安時代末期から鎌倉にかけての作品だが、保存状態もよい。これだけの作品をよくぞ集めてくださった。去年奈良の興福寺でお会いした仏像も多く展示されていて、手の届く台座に置かれ正面、側面、真裏にも回って拝むことができる展示方法がありがたかった。


入場までに50分待ち。公開日には2時間待ちだったとか。平日なのでわたしと同じような定年後のお父さんや、おばさんだらけ。後ろに並んだおばさん3人組は、入場待ちの1時間、運慶となぁ〜んも関係のないことをずーっとずーっと休みなくおしゃべりし続けていて呆れた。これまでおしゃべりでは妻の叔母の京子おばちゃんがながらく世界一と思っていたのだが、今日のおばちゃん3人組もすざまじく、なんで女子はこうもおしゃべり好きなのかと思ってしまう。


記念の3,000円の写真集ではなく、芸術新潮の特集号を買いもとめた。

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浅草もいいけれど

27年前に1年だけ勤務したことのある浅草の仲見世は当時夕方6時頃には人通りもなく閑散として猫しか歩いてなかった。それが今は大勢の外国人観光客で賑わっている。銀座や渋谷もいいのだろうけれど彼らが望んでいるのはなにより日本らしい[風情][情緒]ということなのだろう。2017.10.18

少し脇道を入ると、合羽橋の道具街がある。飲食店関係、調理人の聖地で揃わないものはない。すでにだいぶまえから外国人たちにも人気のエリアとなっており、お土産をさがしている。

合羽橋の目印のニイミのコックさん。通りの両側に専門店がずらりと並ぶ。

おやじも蕎麦を極めようとここでこね鉢と麺切り包丁など蕎麦打ちセットを買い求めたのだった。形から入ろうとして蕎麦屋主人ふうの服は悩んだがやめて。

観光地、遊園地に行かずとも眺めているだけで楽しい。

洋菓子の抜き型の専門店もある。日本中のお菓子屋さんがくるのだろうね。


むろん和食の命、包丁も揃っている。

この店は[箸]の専門店。商売が成り立つのかなぁ。


外国人のお目当はここ。食品サンプルのお寿司のストラップから人気に火がついた。

ざる蕎麦4,644円といわし焼き5,400円を注文するとしめて10,044円!ごちそうさまでした。さて、4年間に及ぶ単身赴任を終えて、なつかしい浅草の友人とこれから一杯やります。

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伊豆の絵葉書めぐり

新宿御苑の古書店で手に入れた昭和の絵葉書。1961年に伊豆急行鉄道が開通して一気にアクセスがよくなり、たくさんの人が訪れるようになったと聞いた。


旅がぜいたくで、みな忙しく働いていて温泉旅行など♨️なかなかいけなかった時代。伊豆の漁村も鄙びていてゆったりしている。


伊豆半島南端の石廊崎に向かう途中の蓑掛岩。この近くの民宿が職場の先輩の奥さんの実家で夏休みに家族や友達たちと通ったものだ。このあたりは「鈴木さん」姓ばかり。民宿から降りるとすぐに海岸で、バーベキューしたり、絵に描いたような夏休みを過ごした。夏休みをこんな過ごしかたをした子供たちは必ず曲がらず育つ、と思っていた。そんな思いをよそに2人の子どもはグレはしなかったもののあちこち寄り道しながら育った。

蓑掛岩までどれくらいだろうか、1キロないくらいなので、泳いで上陸しようと思ったが、ここは親潮の潮流の速い海でもしものことがあったらと途中で引き返した。子供の友達のおとうさんが心配そうに岸からこっちを眺めていたこともあって。


入江が深い天然の良港石廊崎。義母とおじが戦争中疎開していた漁村で(正しくは「仲木」)伊勢海老の捕まえかた、ある髭を掴むと動けなくなる、こととかよく話を聞かされた。いまでも開発の波に曝されず秘境の佇まいが残る。


太平洋に沈む夕陽の石廊崎灯台。伊豆でいちばん好きな荒々しい岩礁地帯で、さすがにここまで下ると静かで喧騒とは無縁となる。てんぐさが名産(ところてん)。


民宿では伊勢海老を出してくれる。活き造りもいいけど、朝ごはんについてくる味噌汁が格別だ。


弓ヶ浜。弓なりになった遠浅の海水浴場。子供たちも安心して楽しめる。

昭和30年ころの日本人の顔っぽい。高松塚古墳の壁画のようにふっくらして、ロッテ雪見大福のような美女。

鉄道もなく、山がちな西伊豆からの富士山の景色がフジの眺めとしてはいちばんであろう。海抜ゼロメートルから一気に駆け上がる大きな扇の山裾の美しさといったらない。急峻で曲がりくねった狭い道を走っていると東海バスが向こうからやってきて、崖から落ちないように気をつけながら道を譲らなければならなくなる恐怖も味わえた。アクセスの悪さと強い風にさらされる西伊豆は別荘地として敬遠されたのだが、おかげで開発も進まず、いい感じで自然が残されている。特に、松崎から石廊崎にかけての海岸はまさに秘境といって良い。

西伊豆 戸田  このあたりは駿河湾の深海となっていて世界一の巨大蟹タカアシガニや手長海老などが名物となっている。


西伊豆 妻良  松崎  しんちゃんと私はかつて3人の若者を奴隷にしており、肉体労働が必要なとき、つまり、カヤックを運ばせたり、伊豆に展開する地元スーパーAOKIでの買い物の荷物の上げ下ろしに賃金未払いで使役していた優雅な時代があった。毎年入ってくる新入社員のうち、奴隷としてふさわしいあまり人生について深く考察したりしないタイプの健康な青年に目をつけておき、安酒場で焼き鳥をあてがって搦め手で手なずけ、次第にわしらの術中にはめてゆく、という寸法であった。ひとたび奴隷となると簡単には足抜けできるはずもなく、自分の代わりを差し出さなければ認めてもらえなかった。だから、左のきんちゃんも右のわっしーを洗脳し入信させるのに必死だった。そのころは伊豆高原にあった滞在型の東急リゾートマンションの会員であったので、私のつくる料理を振る舞ったりしたものだ。とりわけ地元稲取で仕入れた金目鯛の煮付けとか、イワタニのたこ焼き専用カセットコンロで縁日ふうにしたりして盛り上げ、ますます退会ができない、というか奴隷であることに疑問を持たず喜びすら感じるよう仕向けていった。思えばわしのあざとさ全開のいい時代であった。2009年


昭和の絵葉書で伊豆めぐり、いかがでしたか?

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名古屋キャンピングカーフェア

ポートメッセ名古屋(東京でいうなら幕張メッセ)で2017.10.7から2日間開催されたキャンピングカーの大展示会。私の目当ては主にHONDA車の改造を手がける地元のWhite Houseのブースで、ほかの立派なキャンピングカーには目もくれず一目散に派手でないほうへ向かった。


7年目となるHonda Fit Shuttleの買い替えを期にそして定年退職の自分へのご褒美にと念願の車中泊仕様のクルマにしようと思い立った。条件は①いかにもキャンピングカーという偉そうな車でなくふつーの車をいじること②車中泊に必要な電源🔌をつける。つまり、サブバッテリーを積んで、エンジンを切っても100ボルトの家電製品が使えるようにする③冬の八ヶ岳通いのためにエアヒーターをつける、これは車内の空気を汚さない、微量のガソリンを燃料として、サブバッテリー運転するヒーターを室外に設置する④車内の後部座席で狭くくっついて心中するような格好で就寝するのではなく2人別々にゆったり寝ることができるスペースの確保(屋根の上にも就寝できるようにする)⑤Hondaのハイブリッド車であること。ディーラーにはそれぞれ社風があって、練馬谷原のショップのスタッフが親切でフレンドリーなのでこれからもお付き合いを続けたいと思っている。だから、今月、マイナーチェンジしてハイブリッド2リットル2エンジンとして生まれ変わったばかりのStep Wagon Spadaの発売を待ってこの車に手を加えてもらうことにする。(4WDのハイブリッド車がないのが残念だが目をつむる)普通の車を車中泊仕様にすることがコンセプト。トイレはもちろん、キッチン、テーブルもなし。ていうか、いらない。キャンピングカーといえば誰がなんといおうとハイエースが圧倒的に人気であれこれカスタマイズしやすいのだが、狭い練馬の道の買い物車としてはちと大きすぎる。そして今回の15年ぶりのフルモデルチェンジでTOYOTAさんはなぜかハイブリッドにしなかった。


ハイエースならまるで、豪華列車ホテルのようにも、歌舞伎町のキャバクラのようにもできる。

シャワーもついている!これはハイエースではありませんが。


大型犬の個室もできる!犬小屋をつけて飼い主と一緒に旅行ができる!ワンたちはペットホテルに預けると捨てられたと嘆き悲しむという。走る犬小屋。これなら、飼い主ともども安心だね。うちのにゃん2匹はおでかけよりも、うちでことこと寝たり起きたりして、気が向いたら甘えてすりすりするのが好きみたいだけど。


もう、モデルルームにきたような、小部屋が楽しい。

それにしても、会場は子供連れの家族、シニアの夫婦でごった返している。入場料1,000円にもかかわらず。


私は長年にわたる週末旅行で伊豆と八ヶ岳があれば、もうほかに旅行に行かなくてもいい、とさえ思っていた。結論づけていた。いっそ住む、ということも考えていた、というかいまだに未練がある。農業放棄した農家、空き家、ワンルームのアパート。旅館、ホテルなど宿泊施設にお金を使いたくない。宿の夕食などいらない。東京暮らしの大敵、大渋滞を避けるために早朝に移動するのでチェックインだのなんだのいってられない。そして少しだけ「災害」への対応、ということも車中泊仕様を選択する理由となっている。6年前の3.11の揺れとその後の混乱が脳裏に焼き付いていていまだ引きずっている。自動車に2つのエンジンを積む。1つはガソリンで動力とする、もう1つのエンジンはガソリンで電気をつくるだけのため。その車のエンジンで発電した電気を災害ときのみならず日常に活用する、そんな時代がきていると感じる。

2017.10.8

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湯布院 金鱗湖の朝靄

由布岳に抱かれた湯の里湯布院。早朝の金鱗湖の幻想的な朝靄。2017.9.23 am7

 

由布岳1,583m。裾野からは温泉の湯けむりが立ち昇る。

兄の三回忌を済ませ、大分に住む妹夫婦が宿と夕食をセットしてくれた。

夕食は「亀の井別荘 湯の岳庵」の個室でいただくことに。豊後牛の炭火焼をメインに、地元の野菜、鮎、鯉などをしっかり堪能しました。2017.9.22

まずは牛タンのロースト、栗など。

鯉のあらい、小ぶりの鮎の塩焼きなど川魚に続き、かぼちゃのスープ、なんちゃらという名前の珍しいきのこ、山菜、牛蒡のチップスが山盛りで。そして豊後牛の炭火焼。ダイエットしていることも忘れてついつい箸が進む。

東京から呼び寄せた家族とともに温泉県大分湯布院を味わいました。2017.9.22

宿泊はここ。

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ダンケルク MOVIE 2017.9

台風18号の暴風雨のさなかに小倉リバーウォークのTジョイにでかけた。「ダンケルク」を見るために。60歳を過ぎるといつでも1,100円で鑑賞できるのが嬉しい。しかもリバーウォークまでは車で10分程度でいけて、おまけに駐車場も3時間無料ときたもんだ。さらにしかも、いついっても観客がぱらぱらで貸し切り状態。先月見た「ハクソーリッジ」信仰に従い武器を手にすることを拒否し、負傷した仲間の救出に戦場での存在意義を得た米兵の沖縄戦を描いた実話がベースになっている)は平日の朝の上映ということもあるが、観客は私ひとりだった。気兼ねすることなく座席に社長すわりで、足を大きく組み、偉そうにして貸し切り映画館を堪能できた。東京では一生ありえない体験をさせてもらいました。

主人公の体験をもとに前田高地の激戦がリアルに描かれていると感じた。

ところが、今回見た「ダンケルク」は史実に基づいて製作された、とあるが違和感を禁じえなかった部分があって後味の悪いものとなった。暴風雨の中、今回も観客は日曜日でありながら4人だけ。

舞台はは昭和15年5月26日から6月4日にかけて行われたナチスドイツに追い詰められ包囲された英仏軍40万人のイギリス本土への救出作戦で、「撤退」がテーマとなっていることから常々栄光と勝利を扱うところの戦争映画とは異なり華やかさとは無縁である。

しかしながら、ナチスが怒涛の進撃を続け、フランスが降伏する目前にイギリス軍が撤収完遂に向け孤軍奮戦するさまはよく描かれていると感心した。特に英軍スピットファイアーとドイツ空軍メッサーシュミットとの空戦のシーンは見ごたえがあった。

ところが、燃料がなくなるのを覚悟でハインケル爆撃機を攻撃したスピットファイアのプロペラが燃料切れで止まり、そのままグライダーのようにしばらく姿勢を保ったまま海岸を滑空し、無事車輪をだして無傷で着陸するシーンにとても違和感を覚えた。ありえない。所詮映画は娯楽だ。楽しめ、感動できればいい、となろうが史実に基づいて、となら話は別だ。第二次世界大戦おたくの私ならずとも首をひねった人もすくなからずいたであろう。さらに、燃料切れで着陸しながら、ドイツ軍に機体を渡さないために「無傷」で着陸したパイロットが機体に火を放ち燃やす。燃料からっぽなのに、メラメラ燃え上がる機体、、、

さらに、英軍は撤収のために不足する艦船を補おうと民間の漁船を徴用する。その中の一隻、というか一艇に乗り込んだ3人のイギリス人のうちの一人の青年が、Uボートに撃沈された英軍の撤収船の生き残りを救助したばかりに暴行を受けデッキから落ち頭を打って死んでしまう。このシーンは必要なのか、意味があるのかどうか。

もう、戦争を描いたシーンにいちいち反応してしまう。

「キングコング最新作(髑髏島の巨神)」

冒頭のシーン。1945年南太平洋との表記。髑髏島の上空でP51ムスタングが空中戦の末撃墜され、パイロットがパラシュートで降りてくる。そして続けて被弾したゼロ戦も墜落し落下傘で搭乗員が降下、二人は銃撃し、揉み合うことになる。違和感のわけ。

ゼロ戦が旧式の21型、しかも塗装が太平洋戦争初期に活躍したころの灰白色のまま。当時は52型が主流で濃緑色塗装が一般的。ましてP51マスタングは第二次世界大戦最優秀機で技量の違いはあるとしてもとてもゼロ戦21型が撃墜できる戦闘機ではない。さらに、1945年の戦争末期、惨敗となったマリアナ沖航空戦の(1944年6月)ののち、そもそも南太平洋島嶼でムスタングとゼロ戦21型で「空戦」が行われたのか、という疑問が残る。

「パシフィック・ウォー(重巡インディアナポリス号の最後)」

これも灰白色塗装のゼロ戦21型が編隊で急降下しインディアナポリスを攻撃するシーン。ゼロ戦すべてが体当たりをするかのような描かれ方をしている。ゼロの編隊はそろって「増槽」をつけたまま急降下体当たりを敢行。編隊で急降下し増槽をつけたまま体当たりなどありえない。「250キロ爆弾(爆装)」で敵艦の砲撃銃撃を避けるためそれぞれ分散しあらゆる角度から突っ込む、という攻撃をするはずだ。

いちいち気になって仕方ないわ。流せばいいのだろうけど後味が悪かぁ!

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沖縄美ら海水族館

小禄の丘からの那覇市街。ブロックとむきだしのコンクリートで四角に組まれた建物が多い。

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沖縄美ら海水族館

ジンベイザメのゆったりした泳ぎに圧倒される。2017.9.5

夏休みも終わり、空いているだろうとあさはかな読みで訪れたが、Aquariumは外国人の子供連れで熱気ムンムン。ジンベイザメが泳いでくるたびに歓声があがる。英名「Whale Shark」。なるほど海の王者の貫禄でゆったり泳ぐ。2017.9.5

 

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沖縄の慶良間諸島でウミガメさんと泳いだ「ぼくの夏休み」

2017年6月29日 定年退職を目前にして、とどめの休暇をとって憧れていた慶良間諸島へいくことにした。仕事を気にしながら休暇をとることもない。この先はともかくしばらくは「わしが休みたいといえば休み」の毎日だ。

はたぼーの長年のご苦労をねぎらうように那覇は大雨で迎えてくれた。そして、翌朝さあ船に乗り込もうかという直前まで。どよーんとした、いじけた気分。出迎えてくれた1年先に退職し、那覇に一足先にきて、すでにうちなんちゅ(沖縄人)になりきっているしんちゃんをちくちくいびる。


ところが、「とまりん」を8時に出港して那覇の西40キロの慶良間諸島に近づくにつれ空が明るくなってきた。しんちゃんに対しても優しくしなくてはいけないという気持ちが沸き上がってきた。しんちゃんはただでさえ生活習慣病による血液検査の数値とまじめに格闘している最中で、いびったりつねったりしてはいけないのであった。これまで居酒屋通いでいじめてきた自分の体と心が和解して、本気で酒を断ち、次回の血液検査に向けて、ノンアルコールビールをがぶ飲みして紛らわす日々だった。しんちゃんは普段から、しらふのときと酔っ払いのときの区別のつかない、「どこかおかしい、いっちゃってる」系のおやっさんだった。長いこと気難しいはたぼーとお付き合いができたのも、「オールシーズンTシャツと短パンのいでたちで24時間いっちゃってたおっさん」だったからである。


慶良間ブルーの海。どこまでも青い。慶良間までは那覇港から2時間ほど。巷ではブラックと後ろ指をさされるはたぼーのどす黒い心も慶良間ブルーに洗われ、海の似合う、笑顔がさわやかなおじさんに変わっていくのが自分でもわかる。

いくつかのダイビングショップの乗合船。世界でも有数の透明度を誇る海。今回はシュノーケリングで楽しむことにした。ボートのトイレにはウォシュレット完備。トイレットペーパーは流してはいけないことになっている。紙は容器に入れて港に持ち帰る。海を汚さないよう、お弁当の容器やぽり袋、包装紙、緑のバランに至るまで風に飛ばされて海に落ちないよう、落とさないよう徹底的に注意を払う。


さっそく鮫がごあいさつ。目をぎょろぎょろさせて、うろついている。この砲弾のような無駄のない流線形が美しい。つい、臨月体型のしんちゃんや、「妊娠3か月」といわれたおやじの体型と較べてしまう。


ドロップオフ。はたぼーの好みの断崖絶壁。(以下水中写真はショップのインストラクター黒住さんに撮影していただいた)


身動きせず、岩になりきったつもりだろうがね。ミノカサゴくん。しかし美しい姿とうらはらに気が強く攻撃的、ヒレの毒には要注意。黒住さんが夜光貝をめざとく見つける。ずっしりと重い。牧志の市場にもっていけば、と思ってしまうがもちろんもとの場所に戻す。これは絶対のルールだ。


二日目は見事な青空。ポイントにアンカーを下す。


いきなり、ウミガメさんに出会う。愛くるしく人に慣れていてダイバーの人気者。実家の玄関に飾ってあったウミガメの剥製。ウミガメさん許してくれ。40年前の日本はあなたたちを捕獲して剥製にして飾って喜ぶという無神経な時代だった。われわれも、体の力を抜いてかめさんになったつもりでぷかぷかゆらゆら漂う。思えば、新宿や池袋の飲み屋街をゆらゆらくねくね漂っていたおろかな時代もあった。


幻想的な世界。9年前那覇空港から久米島に向かう飛行機の窓から見下ろす慶良間諸島の島々と海の青とグリーン、白い砂浜の景色に息を飲んだことを思い出した。いま、そこで海亀といっしょにゆったり泳いでいる。夢のよう。



ただ、この美しい海にもいけない人がいる。カワハギの仲間で、ダイバーたちが恐れる「がらもんがら」。凶暴で噛みつくのだ。縄張り意識が強く、産卵のころは気が立っていて攻撃してくる。さざえの殻をかみ砕くほどの歯とあごをもっており、ダイバーたちも、耳を噛まれて縫ったり、ウエットスーツを破られたりで、「出会ったらとりあえず反対方向へ逃げる」というのが合言葉だ。「がらもんがら」ってどんな色ですか?と聞くとインストラクターは「なんとも言い表せない。」と困った様子。上は「ざぶとんの柄のような」と。「一匹で斜めによたって泳いでいる」という。見た目もよくない。腹に白いまだらもんもんを入れている。けんかをふっかけながら街をうろついている凶悪な不良という感じ。定年前でもあり、いけない人たちと「かかわりあいになりたくなかった」。沖縄の海は「かわゆい」お魚ばかりではないことがわかった。


このあたりはあの「マンタ」に出会えるポイントだという。いつかの楽しみにとっておきましょう。

 

沖縄県島尻郡座間味村阿佐119
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娘の結婚式でいつになく厳粛なおとう

2017.6.17

いつもおちゃらかしているおやじもさすがに娘の結婚式でふざけるわけにもいかず、しっとり落ち着いた父親を演じることとなった。

梅雨とは思えないさわやかな青空。お台場の式場のテラスからはレインボーブリッジが大きく見える。

いつも練馬の地元のともだちとつるんであそびほうけていた、年上のやんちゃ娘ですが、だいすけくん、どうぞ娘をよろしく!

おそらく、だいすけくん、あんたはぜんぶ娘に牛耳られ、管理下に置かれる。無法松の松五郎なみに気性も荒い。北九州小倉でもじゅうぶん暮らしていけるほどだ。だから、間違っても娘に「勝とう」とは思うな。つきあいも広く社交的だから、夜の外出も多い。だからといって注意したりすると逆ギレするから注意が必要だ。忍耐力を試されるときがきた。料理の腕も未知数だ。お父さんのほうが上手なのは間違いない。土日のお父さんの得意料理のこだわり豚汁と餃子、すね肉ことことビーフシチュー、ふわとろオムライス、スウェーデン風たまねぎミートボールで大きくなったようなものだ。最初のうちはしおらしく振舞ってはいても、いずれ、「てへっ!」と笑ってごまかすときがくる。神父さんの前で誓ったからにはもう手遅れだ。知らないもんねー!