2020年5月23日

コロナ生活

太陽のコロナにしてみれば今回の騒動はいい迷惑だった。コロナが何をしたというのだ。なんの罪もない。名誉棄損で裁判所に訴えるわけもいかず、怒り心頭でさらに爆発を繰り返し、地球温暖化がさらに加速する。小倉の「コロナワールド」にも政府は特別措置法つくってただちに別枠で救済すべきだ。


飲み会はおろか電車にも乗らずすごした。ながいこと「池袋にはじまり池袋に終わる」生活をしてきた。そしてまる2カ月飲み会をしていない。これは成人後のはたぼー人生で初、まさに異常事態宣言である。


さいわい(?)3月1日に新居に引っ越したため、引っ越し騒ぎとその後の片付け、外構工事への対応でのこのこ出かけるどころではなかった。4月の半ばまではそれはそれでよかった。

しかししだいに落ち着いてくると、悶々として鬱屈した気分がふつふつとわきあがるようになる。


伊豆にも八ヶ岳にもいけない。深夜に出て宣言を強行突破してもいいがコロナ警察に車がいたずらされるのがいやだった。池袋や新宿に行ってもジュンク堂や紀伊国屋も文芸座もやってない。


もともと不要不急の塊のような生活をしており、あの独裁者の小池さんの恫喝やコロナの女王の前にただただひれ伏すしかない。

秋葉原など世話になっておきながら悪いが不要不急の最たるものだ。

しかし、その不要不急がわしらにとってかけがえのない大切なものであることも今回しみじみようわかった。


わしと違って息子は特殊プラスチックの製造にかかわっており医療機器関係の受注が大幅に増え忙しくなった。

妻の関与する団体は私に言わせれば「不要不急」の権化のような団体で事務所に行かなかったって世の中なんもかわらりゃーせんとよけいなことを口にして妻を怒らせた。

コロナが家庭内の空気まで危うくしている。


いちばんこたえたのはルネサンスの長期休業。日課だったから。

腹が出る恐怖。

近場の練馬高野台のヨークマートと、ブックオフ、富士見台の富士そば、こんなんをうろうろして過ごす日々。あろうことか、ヨークマートのレジの40台前半(推定)の明るいおばさんと懇意になってしまった。


夕食をつくり、ビールを飲みながら東映チャンネルの任侠映画で鶴田浩二や若山富三郎とともに殴り込む。高倉健は「見つくした」ため宗旨替えした。

あー、こんな生活やめてシャバに出たい。


新聞記者たちがハイヤー付きの接待麻雀で6時間遊んでくれるならそれもいいけどそんな知り合いもいない。

これでは東京で暮らす意味がない。秩父の山奥でもいい。荒川河川敷の工場団地でもおんなじではないか。


江戸古地図を片手に幕末の江戸の名所を探索するつもりだった。

下町のせんべろ(千円でべろべろになれる)「酒場めぐり」もしたかった。


これじゃ、徳川慶喜の上野寛永寺の蟄居とおなじじゃないか。

彼はたしか3カ月で地元の水戸へいってしまったような。

2020/5/23

Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です